SCENE:24

SCENE:24　１０月１０日－①

ヤマトの言葉に全員が止まった

「騒ぎに乗じてって、そいつらが殺しをしているのを見過ごすって言うのか」

リーがはっとしたような表情を見せた。敢えて言葉を濁していたイアンも、ばつが悪そうに目線を外した

「まあ…そういうことになるな」

「ふざけるな。それじゃ政府のしてることと変わんねぇじゃねーか」

ヤマトの口調はなるべく怒りを抑えているようであったが、その静かな憤怒はリーたちにも十分に感じられた

イアンもそれを感じてか、言葉を選ぶように返した

「仕方ないだろう、政府の警備は尋常じゃない。ちょっと騒ぎが起きた程度じゃLEVEL３の警備が出ることはまずない」

「だからって、自分の信念のために他人を犠牲にするっていうのはおかしいだろ」

「僕たちが殺すわけじゃない。僕たちは誰も殺さない」

「殺されるの分かってて見逃すのも同じだろ。俺はそんなの認めない」

「ヤマトは甘いんだよ！――」

イアンの怒号が部屋に響いた

タイミングを計ったようにダンボが無言で間に入った。暫しの無音が部屋を包む

彼が間に入っていなかったら、今頃ヤマトはイアンに掴みかかっていた。ダンボのタイミングは、絶妙であった

「なあ…俺はどっちも間違ったこと言っちゃいないと思う。…だから……考えてけばいいじゃないか、何か策を」

ダンボはどちらを見ることもなく抑えた口調で二人を諭した

「まだ決行まで１ヶ月ある。俺はきっと策はあると思う」

ダンボの円らな瞳はまっすぐとしていた。その瞳に、二人は先ほどの口論を少し後悔した

「すまなかった…」

「あぁ…俺も…ごめんな――」

―――この時より３週間半後　10/9　23:53

真っ白な部屋、そこに点在する真っ白な家具

ここはもとよりとあるデザイナーの家であったが、その家主はもうこの世にいない

現在その空間に存在するのは８つの異形と一人の男だけであった

その男は縦縞のスーツに身を固めており、つい最近まで煩雑としていた髭や髪の毛も今日は綺麗に整えられていた

真っ白な机に座りながら、男は８つの異形に向かって静かに語りかけた

「ついに明日だ…長かったこの物語も君たちの仕事によって明日、完結する。予定通り、どんなことがあろうと13時ちょうどをもって計画を開始する」

「でもよフッドさんよ、いくら視界に入ったらコンピュータが自動検知するとはいえ、13時までにあんな大勢の人間の中からこのリスト５人全員を見つけられることなんて出来るのかよ？」

180cm前後のやせ形の怪物が、その長い手足を弄ばせながら嘲笑した

「大丈夫だ、そのセンサーは改良してある。会場にさえ着けばすぐに彼らの場所が分かるだろう。……まあ失敗しても構わない。最低内１人でも殺して会場を混乱に陥れてくれさえすれば十分だ」

男の含み笑いを表すかのように、隣に立っていた一際背丈の小さな参謀らしき怪物が前に出た

「目標は大統領の公開処刑ダ。正直雑魚は後からでもイイ」

「LEVEL３にさえ入れればもう君たちを止める者は何もない、思う存分復讐してくれ」

怪物たちはその言葉に雄叫びをあげた。その様子を見ながら参謀らしき怪物はほくそ笑んだが、これの持つ意味は男の含み笑いとは全く異なっていた――

――同日　NY

区画整理され整然とした街並みは一種の様式美を感じさせ、また中央区の中心部に世界政府本部が
それらを見下ろすようにそびえ立っており、「NYの象徴」としての荘厳さが粛々と出ていた

陽は沈んだが、街を彩るネオンが人々を照らし続け、そこには昼と変わらない明るさと活気があった

世界のコロニーをいくつか回ってきたが、どこも同じような風景にしか思えない

確かにビル群の密度や人口に差はあれど、効率を求め形式化された街並みはいつも非常に退屈にさせた

駅を降り立ったロビンは、そんなことを思いながら七色に光る街並みを見渡すと、その大きな荷物を背負いながら歩き出した

ロビンはあのレース後チームを解雇され、一人ブエノスアイレスで堕落した生活を送っていた

目的を見失ったロビンは、何かしなければと思いながらもその失意から動けず、しばらくマンションに引きこもっていた

だが今のロビンの眼には光が宿っていた。蘇った魂は、しっかりとした足取りで真っ直ぐ目的の場所に向かっていた

――その原因はブエノスアイレスで見たニュース映像だった

国際博覧会の準備で賑わう会場を放送している映像をぼんやり眺めていた時、確かに見た

現場監督の一人がインタビューを受けていた際、その後ろをすっと横切った影

その時ロビンの脳髄に電撃が走り、長らく眠っていた脳を呼び覚ました

このロビンが危険なドラッグレースに敢えて出場し、そしてロビンの人生をここまで大きく動かしている原因がそこにはいた――

「きっと兄さんは明日ここに……」

そう呟くと、ロビンは天まで続いている世界政府本部を見上げた――

　
[10月10日　12:00　国際博覧会開催]

『――ガーッ…ヤマト、リー、ダンボ…聞こえるか？』

『あぁ、聞こえる』

『き…聞こえる』

『大丈夫だ』

『セドルも大丈夫か？』

『はい…こちらもきちんとイトウさんたちの姿を捕捉出来てます』

『会場から離れているとはいえ、一応気をつけてくれ』

『…はい』

『ちょっとしたトラブルが起きてまだアニーが到着していないが、やつらが動き出し瞬間計画スタートだ。
やつらがここLEVEL２で暴れている間にセキュリティルームから盗んで脱出しないと僕たちが犯罪者だ』

『あぁ、分かってる』

『け…計画通りにやればいいんだよ…ね？…あれ…どやんだっけ？』

『あと３時間で調印式だが…もう彼らは来ているだろうな』

『……』

『ヤマト、やつらは見つけられたか？』

『…いや…まだだ…』

『ハッキング後、電源が落ちてから非常電源が入りシステム再構築完了まで５分。それまでに俺たちがいるLEVEL４入口前までこれないとゲームオーバーだ』

『…わーってるよ』

『…出来るか？』

『よゆー』

『ふっ……だな…余計な心配をしてすまなかった。問題はアニーだな。間に合うか……』

『アニーちゃん大丈夫かなぁ…』

『信じるしかないだろう。LEVEL4へ行ける可能性を持っているのはアニーだけなんだ』

『僕もLEVEL５のコード解読をぎりぎりまで並行してやってみます』

『あぁ、頼んだ』

『それにしても賑やかだな…』

『15万の人間が同じ建物の中にいるんだ、そりゃ賑やかさ』

『おいリー、大丈夫か？』

『…ん…んん』

『ははっ、お前声出てないぞ。しっかりしろ』

『う…うひぃぃ！』

『ははは、なんだその声』

『ひぃぃぃぃ！！』

『…？…リー？』

『う…うわぁぁぁぁ！！！ひ…人がぁぁぁ！！！』

『お…おい！リー！』

『くそっ…！予定より早い！…ヤマト！大至急リーの所に向かってくれ！…な…なに！！』

『な…何だ！こっちもだぞ！？』

『イアン！？ダンボ！？』

『数ヶ所同時！？…クソッ！一体どうやって……ヤマト！！とにかく僕たちは計画通りLEVEL３に向かう！ヤマトも急いでくれ！』

『クソっ…！間に合わなかったのか…！？』

『ぐずぐずしてる暇はないぞ！もう賽は投げられたんだ！……腹！くくれよ！！――』

イアンの激昂を聞いたヤマトは次の瞬間、視界の端に何かを捉えた