SCENE:23 ドネフォス計画

 

[――2150年9月10日 世界政府プライムルーム]

 

「大統領、来月の国際博覧会についてですが…」

「……なんだ…?」

最近もうおなじみになってしまった心中穏やかではないゴードンの声に、第2秘書は慎重に言葉を選びながら話した

「開催は…しますよね?」

「…当たり前だ。アブダビのムハドOCC総議長がいらっしゃるんだぞ。いくら私が世界大統領だとしても、ここで彼にあまりにも粗相があればアルタイト独占権を失ってしまう可能性がある。開催は絶対だ」

各国から届く山のような報告書を目で追う仕草とは異質の凄みの効いた声に、第2秘書は思わずたじろいだ

「あ…いえ…現在行方不明のイトウ第1秘書官に対する緊急対策措置中であるので、少し気になって……」

「イトウが音沙汰を断ってもう2週間…各国から届く報告書にも彼への有力な情報はなし……彼の性格からしてそういう行事で大事を起こすとも考えにくい…今は中止するデメリットの方がはるかに大きい。大丈夫だ、ちゃんと対策は練ってある」

 

ゴードンの睡眠時間は、明らかに人間に必要な量の半分も取れていなかった

今現在一番彼の身近にいるはずの第2秘書でさえ、彼がまともに食事、睡眠を取っている所を見たことがない

それほどまでに彼はこの半年走りっぱなしであった

彼をここまでストイックにさせるものはなんなのか

第2秘書官はふとこんな疑問を抱きながらも、スーパーマンのような彼の背中に憧れていた

 

「スケジュールは予定通り進めてくれ」

その言葉を聞いた第2秘書官は、背筋を伸ばしはっきりとした声で返事をすると深く頭を下げ、部屋を後にした

 

 

 

――[同日 NYアジト内]

 

 「――まず、ドネフォス計画の最大の目的は『世界政府のセカンダリセキュリティルームから機密事項を盗み出し世間に公表すること』だ。そこは基本的に大統領以外は入室不可だが、僕は偶然にも一時的にカードキーを手に入れた」

イアンが両手に何やら大きな紙を抱えながら引き出しの中を漁っていた。このアジトには基本的に最新のデジタル機器などはない。住所自体が存在していないため、電磁波を感知され場所が特定される可能性があるのだ

そんなイアンを見ながらリーが申し訳なさそうにぼそっと呟いた

「……な…なら、その時に持ち出せば良かったんじゃ……」

「セカンダリセキュリティルーム内での書物の観覧は自由なんだが、持ち出しは厳禁なんだ。無理やり持ち出したとたんそのデータは自動的に消去される仕組みになって…る…あっ」

重そうに紙束を抱えるイアンは何かを探している様子だったが、なかなか見つからないらしく、時たまその大きな紙束を落としては慌てて拾っていた。今も昔も、イアンの運動音痴は変わっていなかった

ダンボがそんな少し滑稽なイアンを見ながら心配そうに聞いた

「じゃあどうやって?」

「いくつかの書物のセキュリティコードはコピーしてきたんだ。世界政府の陰謀を暴くのにすべての書物は必要ない。重要ないくつかの書物があれば世間は動くさ。それで、今彼に解析してもらってるというわけだ」

イアンはそう言うと木机の上に二枚の大きな紙を広げた。埃が舞い、それが蛍光灯に反射しながら落ちていった

 

[大体の設計図]

 

全員がそれを覗きこむと、そこには巨大な建物の設計図が書かれていた。アニーが不思議そうに尋ねた

「これは…何?」

「これは世界政府本部の設計図だ。本来この設計図は一般公開すらされてないからぱっと見じゃ想像できないかもしれないが」

 

世界政府本部、ヘキサゴン型の階層が5段階にわたって重ねられている建物であり、1階層目の直径はおよそ3km、
地下世界の天井と繋がっている5階層目は1kmと、段々に狭くなっていくのが特徴の建物であるが、詳しい内部は誰にもわからない

 

なぜか?

一般開放されているのは第1階層(LEVEL1)のみであり、飛行船なども半径20km以内の飛行を禁じられているため、人々がその建物の全貌を間近で拝む機会はまずない

万全を期したセキュリティと、不審人物への徹底した未然対策によって、世界政府本部へのハッキング、テロ行為は30年間で一度も起きていない

「完全要塞」と言う名にふさわしい世界最大の建築物なのである

 

「へ…へぇ〜…世界政府ってこんなになってんだ…教科書の写真でしか見たことないや…すげー」

設計図を隅々まで覗きこむリーを一瞥すると、ダンボは不安げな表情をイアンに向けた

「本当に…こんなところに俺たちは潜入出来るのか…?」

「潜入出来るかじゃない、するんだ。それが今から説明するドネフォス計画だ」

「いやしかし…30年間潜入を試みた者すら誰もいないんだろ?…それをこんな二十歳そこらの俺たちがやれるのか…?」

「……ダンボの言うとおり、30年間で誰一人として『LEVEL4に達したテロリストはいない』」

 

全員がイアンの言葉に脊髄が反射した。神妙な面持ちで設計図を見つめていたヤマトも思わず顔を上げた

 

「そう…ニュースにはならないだけで、潜入やハッキングを試みたプロは山ほどいる。表に出ないだけで僕たちみたいなレジスタンスは他にもいる」

そう言うとイアンはテーブルに広げたジャック・ザ・リッパーの資料を手に取り壁にピンで貼り付けていった

「なぜ、これほど騒がれていたジャック・ザ・リッパーの捕まった時の写真や映像が1枚もないのか……それは世界政府内部で捕まったからだ」

 

イアンの少しずつ強くなる口調に全員が息を呑んだ。暫しの無音。その部屋の誰もが、大きな衝撃を心に受けていた。その不安が表に噴出したのはこの男であった

「で…でも!世界政府のセキュリティは完璧なんだろ!?…なぁ!?」

ダンボは狼狽を隠せないでいた。こんなに嘘で塗り固められた世界に自分が飄々と生きていたという事実をまだ受け入れられない様子であった

しかしその最後の「真実の希望」ですら、イアンの首を縦に振らせることはなかった

「……完璧なんていうのは主観だ。様々な角度から万人が見れば綻びは必ず見つかる。世界政府も所詮は人間の作った組織だ」

 

 

「じゃ…じゃあ……成功する見込みはあるのね?」

アニーが会話に割って入る。今この空間で、かろうじて正常を保てる人間は、イアンを除いてもうアニーしかいなかった

会社のトップとして世界中と取引をし情報に命をかけている人間や、世に出ている歴史や雑学の教科書の知識を必死に「事実」として学んだ人間

彼らは、多少の違和感を抱きながらも、目の前にある真実を必死に学び、生きてきた。矛盾から目をそらしながら

そんな人間にとって、イアンの口から次々と出てくるその違和感として心に存在していた「矛盾」を埋めていく真実は
、彼らの自我を崩壊させかねないといっても過言ではなかった

その中、ヤマトの沈黙だけが、違った意味を持っていた。古い記憶…何かが……

 

「――僕がこの計画に勝算を見込める要因は3つある。一つはこれだけ詳しい設計図が手元にあること。もう一つは来月に迫った10年ぶりに開催される国際博覧会という絶好の機会、三つ目は、僕が送ったデータによって世界政府のセキュリティを知りつくした"相棒"がいる」

イアンがそう言ったか言わないかで、奥の部屋から髪をぼさぼさにさせた面長の白人青年が歩いて出てきた。その顔はひどく疲れた様子で、すり足と猫背が相まって体からは負のオーラが噴出していた

「イトウさん……LEVEL3の解析…終わりました…」

そう言うと青年は、背中を丸めながらとぼとぼとヤマトたちの前を横切り、奥のキッチンでコーヒーを注ぐと、力なく椅子にへたり込んだ

ヤマトたちに気付いていないのだろう。青年はコーヒーをすすりながら大きな深いため息をついた

「彼が天才プログラマー、セドルだ。中学でこっちに来た時に知りあった後輩だ」

イアンはそう言うと、セドルの脇を持って無理やりセドルを立たせた

セドルは一瞬驚いた表情をイアンに向けたが、すぐに状況を察し、慌ててずれたメガネを直した

「あ!…あのイトウさんの言っていた…。あ…イトウさんの後輩のセ…セドルですっ。い…今は縁あってイアンさんのお、お手伝いをさせていただいてますっ」

本人はハキハキと喋っているつもりなのだろうが、腹筋が弱いのか腹から声が出ておらず、緊張からか言葉も滑り気味で聞き取りずらかった

ただ「いい人」という雰囲気は、ヤマトたち全員に伝わった。おかしな話ではあるが、このセドルの言動が場の空気を少し柔らかにした

 

「こう見えても彼は20年に一人の逸材と言われている天才プログラマーなんだ。3Dホログラフボードや、少し前に話題になった『感情を持った人工知能チップ』のベースは彼が中学生の時に設計したものなんだぞ」

「あ〜あれか!実現まであと20年はかかると言われていた『生きた人工知能』か!まさか中学生がベースを作っていたとはな…驚いた」

「マ…マジ?き…君が…?しかも中学生の時に…?え…嘘…?」

ダンボもリーもよく知っているのだろう。二人とも感嘆の表情を見せていた。対するヤマトとアニーは顔を見合わせクエスチョンマークを頭上に浮かばせていた

 

「い、いや…そんなたいそれたことはしてませんよ!…僕はただ頭の中のイメージをメモに書いただけですから…」

恥ずかしいのか、セドルはそう言うとコーヒーをすすりながら下を向いてしまった。湯気でメガネが真っ白に曇っていても、その下の眼が笑っているのは容易に想像出来た

イアンはセドルが持ってきた解析資料にさっと目を通すと、完璧だと言わんばかりに頷き、セドルに声をかけた

「OK、ありがとう。セドル、もう休んでいいぞ。3日くらい全く寝てなかったろ?」

「あ…はい…じゃあ失礼して……」

イアンの言葉に一礼すると、セドルは丸まった背中をさらに丸めて、申し訳なさそうにそそくさと奥の部屋へ戻って行った

「セドル君…かわいいわね」

アニーがくすっと笑いながらセドルの背中を目で追った。その光景を見たりーは少なからずセドルに無駄なライバル心を燃やしただろう、とヤマトはリーの背中を見ながら思った

 

 

――その後、ドネフォス計画のおおまかな流れがヤマトたちに説明された

・世界政府本部に潜入し、第5階層(LEVEL5)の中にあるセカンダリセキュリティルームから、機密事項を盗み出し、世間に公表する

・来月、10年に一度の国際博覧会が開催される。その際、普段は入れない第2階層(LEVEL2)まで一般に解放される。国際博覧会の1日推定入場者数はおよそ15万、その賑わいに乗じて内部へと潜入

・第3階層(LEVEL3)への認証キーは日替わりの8桁コード。この乱数パターンは先ほどすでに解析済み

・国際博覧会期間中、LEVEL3の警備は手薄になる。監視カメラの位置も把握済みであるので、速やかにLEVEL4へと移動する

・LEVEL4は網膜認証、これについても策はある。LEVEL5へは大統領のマスターキーのみ。これは今セドルが解析中

・LEVEL5には監視カメラがない。よって速やかにデータを持ち出し脱出

・これを2チーム同時進行で行う。状況によりセドルがそれぞれに指示を出す

 

 

「これは……関門が多すぎやしないか?」

ヤマトが小さなため息をついた。イアンがそれに対し同意したような表情を見せると、机にニュースのハードコピーを数枚並べた

それはヤマトたちの列車事件の記事であったが、記事には「内外気圧の差により老朽化部分が破損」とさも事故であるかのように扱っていた

 

あの怪物のことは一言も書かれていなかった

 

VIP車両だったこともありあの車両には10人前後しか乗っていなかった。きっと、もみ消すつもりなのだろう

「この殺人サイボーグ…実は政府の研究所から脱走した数体のうちの1体なんだ。それがこうやって政府関係者を次々に抹殺している。たぶん復讐のためだと思う」

「研究所…?」

イアンのひっかかる台詞にアニーが反応する。その質問を予想していたかのようにイアンのリアクションは落ち着いていた

「政府主導でやってる生体実験のための研究所さ。そこで様々なバイオ兵器や核兵器を開発・実験している。まあもうこんなこと聞いても驚かないかもしれないが」

確かに全員の表情に驚きはなかった。もうここまできたら何を言われようと受け入れられる気がした。だが気になることもあった。その疑問をダンボが代弁した

「そんな国民に隠して兵器なんか開発して…一体何のためなんだ?」

「……地上を征服するためだろう。今地上がどんな状況かは各国大統領以外分からないが、おそらく……」

 

 

地上。

 

全員この地下世界で生まれ、育ってきた。空も、緑も、空気も、すべて「作られたもの」である。それが当たり前の世界で育ってきた彼らにとって、地上は写真の中の世界でしかなかった

本物の空はどんな色をしているんだろう。本物の空気はどんな匂いがするのだろう。本物の太陽は、どれほど眩しいのだろう?――

 

数秒の沈黙の後、イアンが話し出した

「…話が逸れたが、この殺人サイボーグが国際博覧会に現れる可能性が非常に高い」

イアンは十数枚の写真をジャック・ザ・リッパーの横に同じように貼り付けていった。その中には、あのオリゲル監督の写真もあった

「これが政府関係者の中でも特に研究所との関わりが深い13人だ。このうちすでに8人が殺されている」

イアンが赤いペンで8人の写真に×をつけていく。その後、別の5人に○をつけた

「この5人、この5人が予定では初日の調印式のために来訪する。この機会を彼らが逃すとは考えにくい」

 

「…なんで…この人たちを?」

アニーは少し怯えていた。ヤマトも同じように殺されていたかもしれない。そんな考えが頭を過ったのだろう。そんなアニーを察してか、イアンの口調も穏やかになった

「わからない…復讐だとは思うが……とりあえず、この騒ぎが起きれば中の警備は手薄になるはずだ。そこを狙う」

 

「ちょっと待てよ」

 

ヤマトが口を挟んだ。その口調は、決して穏やかなものではなかった

 

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今回長すぎわろち/(^0^)\

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