SCENE:22 ヤマトタケル

 

「――俺は大丈夫」

それが、ヤマトの口癖だった

ヤマト達が通っていた東京第3プロテクティドスクール初等科は、6年生でこそ200人ほどの生徒がいるが、その人数は学年が下がるごとに少なくなっていく

ヤマトが1年生の時の人数は、15人だった。リーやダンボやイアンたちは途中から入学してきたので当時はヤマトやサバテしか在学していなかった

 

 
プロテクティドスクール、正式名は保護児童養育施設。非営利団体であるが、国営の組織ではない

親が育児を放棄または何らかの事由で育てることが困難になった子供、親がおらず引き取り手が見つからない子供たちを一時的に預かり、教育を受けさせる機関 

引き取り手が見つかったり、中学や高校で特待生受入などで途中退学していく生徒が多く、国もあくまで「一時的な」保護機関として認識している

しかし、現状はそうではない

親が再引き取りに来る確率は年0.1%未満

さらに養子として引き取られたりする生徒はごく稀であり、他学校に編入したくても特待生免除を受けられないととても生活していけるレベルにならないため、結局一度入ると高等科卒業まで在籍する生徒が大半である

東京コロニーに5つあるTokyo Protected School(TPS)の高等科卒業時の総人数は約2万人。初等科入学時のおよそ250倍

絶対平和法典の裏にはこのような真実があったのだが、マスコミは「人類地下移住から30年でここまで孤児が少ないのは素晴らしい」と手放しで称賛していた

 

ヤマトには記憶がなかった

一番古い記憶は、雨の中プロテクティドスクールの前に倒れていたところを初等科の先生に抱きかかえあげられたシーンであった

ひどく衰弱し怯えていたヤマトは、しばらく人と話せなかった。時に発作を伴う癇癪を起こした。先生ですら、ヤマトタケルという生徒に対しうまく言葉をかけられないでいた

そのせいでヤマトは友達が出来なかった。もちろん初等科に初めからいる生徒たちの中にはヤマトのような生徒もいたが、ヤマトは異常なまでに他人に心を閉ざした

 

2年生の秋、リー・スワンという中国人が編入してきた。当時の彼は底抜けのお調子者で、すぐにクラスの人気者になった。そんな当時の自分と正反対にいたリーを、ヤマトは嫌った

彼はヤマトにも話しかけてきた。無論ヤマトはそれをはねのけた。しかし彼はしつこく付きまとってきた。ついには誰一人相部屋になりたがらなかったヤマトと相部屋にしてくれと、先生に懇願もした。ヤマトにとってリーは「恵まれた家庭と精神を持った、決して自分とは相いれない存在」となった

 

3年生の夏、激しい雨が寮の壁を叩いていた夜

相部屋のリーが中々部屋に帰ってこなかった日があった

先生に報告しようかとも考えたが、一緒に探せなんて言われると面倒だったので黙っておいた

次の日朝起きると、リーは普通にぐっすりと寝ていた。窓の所にびしょ濡れの服がかけてあって、床にはそこから滴った水がポタポタと音を立てながら小さな水溜りを作っていた

ヤマトがそんな状況を余所に布団を畳んでいると、リーがぬくぬくと起き上がり、けのびをするとケロッとした様子でヤマトにいつもの口調でおはようと言った

別に聞きたかったわけじゃなかった。しかしきっと自分の予想とは違ったリーの様子に、ふと口をついて出てしまったのかもしれない

「…なぁ、き…昨日……何してたんだ…です…か?」

もっと何か後ろめたそうな反応が返ってくると思っていた。そう、思っていた

リーは驚いた顔をしてこちらを向いた。円らな瞳をぱちぱちさせながら、しばらくヤマトを見つめていた。その目が大きく赤く腫れていたことにヤマトはふと気付いた

「な…なんだよ…」

奇妙なリーの行動に、ヤマトは怪訝な顔をして身を引いた。数秒の間

するとリーは突然立ち上がると、ヤマトの両肩をぐわんぐわんと前後に揺らした

「お…おー!喋りかけてくれた!ヤマトが俺に!初めて!うおー!」

ヤマトは、笑顔でバンバン自分の肩を叩くリーの手を振りほどきながら「だから昨日は!」と少し強めに聞きなおした

するとリーは素っ頓狂な顔をしてあぁあぁと頷くと、驚くほど素直に話し始めた

 

「昨日は両親の墓参り行ってたんだ、今日…命日でさ。俺さ、去年親死んじゃって、それがきっかけでここに来たんだ」

ヤマトはふとリーの布団に目を移した。枕元に大きな染みを見つけた。涙の後に見えた。幼いなりに、こんなに目が腫れているのは泣いたからなんだと察した

「学校からさ、帰ってきたらさ…警察がいでざ……ダウンタウンのビルっぐ…の中でざ……黒焦…っげでさ…ひっぐ…」

俯きながら話すリーが嗚咽を漏らし始めた。ヤマトは何かいけないものに触れてしまった気がして、どうにかしなければと焦った

「で…でも、リーはこんなに明るいじゃん。僕なんかと違って」

こんな言葉がリーの心を慰められるとは到底思えなかったが、当時のヤマトにはこんな稚拙な言葉しか出てこなかった

だが、この言葉がリーに何かを与えたのだろう。リーの嗚咽がおさまり、涙も若干ではあるがおさまった

「…なんだろう…なんか親が死んじゃってからさ、周りに変に気を使うようになっちゃってさ。俺は大丈夫だよって」

リーは涙を拭いながら、うっすらと笑った

「ニコニコして、お調子者って言われて、悩みなんかないでしょって言われて……そうしてれば本心が見えないだろ?…怖いんだ、心覗かれるのが」

リーのこの言葉に、ヤマトの胸はぐっと絞めつけられた

リーも心に大きな闇を抱えていて、それを見られまいと必死に隠している。ヤマトと同じだ

唯一つ違うのは、人に対し塞ぎ込むヤマトに対し、リーは自分の前に置いた『偽りの自分』で他人に見えない壁を作っていたことだった

二人は一見対極にいるようで、同極にいた

「なんかさ、ヤマト見てると本当の自分を見てるようで…なんだかほっとけなかったんだ」

鼻をすすりながら、リーはへへへと笑った。なぜかはわからないが釣られてヤマトも笑った――

 

 

この出来事の後すぐ仲が良くなった、というわけではないがいつしか二人は唯一無二の親友になっていた

ヤマトの性格も以前よりかは明るくなり、スポーツなどにも打ち込むようになった

ただやはり誰にでも「過去の自分」「本当の自分」を出せるわけではなかった。その敷居は少しずつ下がっていてはいたが、依然他の人間よりは遥かに高かった

そんな時決まってヤマトの口からは、「俺は大丈夫」という言葉が出るのだった

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これ登場人物分全部書いてたら死ねるので書きません

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