SCENE:20  竜胆は嗤う

 

―――[2150年10月9日 ヤマト退院から1ヶ月後 NYアジト内 23:20]

 

「いよいよ明日か…」

「あぁ、長かったな」

 

埃を被った橙の白熱灯がくたびれた木製の机を照らし出し、そこに広げられた大きな設計図のような紙を囲うように、4人は立っていた

それぞれの表情はみな希望に満ち溢れている、というわけではなく、一抹の不安を持っているようなそんな表情にも見えた

「明日は各々万全の態勢で8時にここに集合してくれ。じゃあ今日はもうゆっくり休んでくれ」

白髪交じりの無精髭のせいか、ツヤを無くしたボサボサの髪のせいだろうか、そこには1ヶ月前のイアンの面影はどこにもなかった

「あぁ、おやすみ」

「……ちゃんとションベンしてから寝よ。あ…みんなお、おやすみ…」 

「ダンボ、リー、イアン、じゃあまた明日な」

ヤマトはそう言い片手を挙げて三人を見送ると、ゆっくりと上着を脱ぎ鏡の前に座った

そこに後ろから鼻の大きなアメリカ系の青年が、コーヒーを片手にパソコンの画面の前に座った

「ヤマトさん…すごい体ですね」

「セドルも鍛えりゃこんなになるよ。俺も昔はお前みたいにひょろっちかったからな」

鼻の大きな優しい顔の青年、セドルは、丸いメガネをコーヒーの湯気で曇らせながら軽く笑った

「ははは、そんな無理ですよ、僕昔から運動は苦手ですから」

「逆に俺は昔からパソコンとか勉強とか、全くできなかったからな。セドルを見ていてすげーって思う時たくさんあるんだぜ」

「そんな褒めても何も出ませんよ」

「あ、やっぱだめか。ははは」

 

しばらくの間、それぞれヤマトは柔軟、セドルはシステムチェックをしながら談笑していたが、お互いに自然と会話が無くなってきた頃、ふとセドルが呟いた

「…〈あいつら〉、明日来るんですかね」

「……来なかった場合はどうするんだ?」

ヤマトは鏡に向かって柔軟を続けながら試すような口調でセドルへ問いかけた。セドルも画面を見ながら神妙な面持ちで応えた

「プラン…Bです」

「その成功確率は?」

「理論上…20%…」

言葉に詰まるセドルに、ヤマトは一喝するように返した

「それはお前の隊長が考えに考え抜いて組んだプランなんだ。AだろうがBだろうが絶対に成功する」

ヤマトはそうセドルを諭した

 

 

「不安」という悪魔は誰の心にでも常に存在する

その悪魔が鎌を持って後ろでその刃を光らせているからこそ、人はそれから逃れる様に努力をする

しかし時にその「不安」という悪魔は人の判断を鈍らせることがある
 

もし、失敗したら
 

その一瞬の迷いで立ち止った瞬間、人は死ぬ

だからこそヤマトは、いつも闘いの前、控え室に「恐怖」「不安」を置いてくる。鏡の前でのストレッチはそのための儀式のようなものだった

 

「すいません…なんだか僕心配性で…『もしも』の時を想像しちゃうんですよね」

「本番まではそれでいい、だからこそ様々なシュミレーションをして万全にする。リングに立つまでは『勝ちたい』でいい。ただリングに立ったら『勝つ』って信じるしかないんだ」

   

――なんだろう

最近人に自分のことを話す機会が増えた気がする

ふとヤマトは、セドルに自己開示をしている自分にちょっとした違和感を覚えた

 

「じゃあ…俺もそろそろ寝るわ」

「あ、はい。僕もチェックが終わり次第寝ます。おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」

 

  

外は驚くほど静かな夜だった。車の雑踏も、NYのネオンも、すべてが息を潜めているようであった

 

成功しようがしまいが、明日、世界は変わる。確実に

 

作戦決行まで、約12時間――

 

 

――[この時より約1ヶ月前 NYアジト内]

 

「――おい!なんだよあの街中に貼られたお前の顔!」

アニーに連れられアジトに入ったヤマトは、久々の再会を喜ぶ間もなくイアンに詰め寄った

「あれ…ヤマトは見えたのか…驚いたな」

「え?ヤマトあれ見えたの!?」

ダンボがため息を吐く横で、リーが目を丸くしながら素っ頓狂な顔でこちらを向いた。ヤマトにはこの時二人のリアクションの意味が理解できなかった

「は…?いや…だってあんなにはっきりと…!!」

「あれはサブリミナルよ。普通の人間には関知できない。私たちも映像解析装置を使ってようやく認識できたのよ。だから私も最初はあんたが見えたってのが信じらんなかったわ」

アニーがなだめる様にヤマトとイアンの間に入る。イアンは一息つくと、そのアニーの手をゆっくりとどけながら渋い表情で話した

「ああやって無意識のうちに僕の顔を大衆の頭の中に刷り込む。政府は公表していないが、2140年製以降のデジノートには持ち主のβ波を検知する装置がついている。潜在意識の中に僕の顔を刷り込まれた人々が僕の顔を視界の中に捉えるとβ波が分泌されそれをデジノートが検知する。その群集合点から僕を見つけ出すわけだ。これは対脅威的事態緊急対策措置フェーズ5。10年前のジャック・ザ・リッパー以来の対応だ」

「な…!それじゃまるでお前が…」

「あぁ、僕は今国家テロリストとして世界中から追われている」

「――」

 

アニーが病院で言葉を濁した部分が今明瞭になった。見舞いに来れない理由、ネットワークを使えない理由、アジトがこんな辺鄙なダウンタウンの地下に存在する理由

ヤマトが事態を理解するのを待つかのように、場の空気が一瞬止まる。しかし、その間はヤマトに憤怒の感情を湧きあがらせるだけであった

 

なぜイアンが追われなければならないのか

絶対平和を謳っている政府がこんな卑怯なことをして許されている事実

自分が今政府に対して激しい憤りを感じているのが自分でもわかった

ただ、今自分の心を突き動かすもの

 

未だ見ぬ地上の景色

 

 

 

その後、イアンがこのような状況になった経緯を説明され、それに対する対策、そして一ヶ月後の国際博覧会で世界政府に侵入、機密事項を盗み出し世間に公表するという『ドネフォス計画』について説明された

「この計画はだれ一人欠けても出来ない。僕の知り合いのセドルにも協力してもらって、7人でこの計画を実行したい」

イアンの眼からは何か大きな覚悟が見え、小さい頃の「弱虫イアン」の面影は微塵も感じられなかった

自然とヤマトは、頷いた。その中で、ヤマトはふと10年前の悪夢「ジャック・ザ・リッパー」の事件を思い出していた

 

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ものしごく過去編書きたい。しかし本編進めたい。しかし公務員試験があってまたしばらく書けない。といううんちな俺

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