SCENE:19 大きな嘘 |
―――[NYコロニー中央病院 第一医務室]
「アバラ8本粉砕骨折、内蔵破裂、両腕複雑骨折……生きていただけでも奇跡だが、まさか2週間でここまで回復するとは……」 恰幅のよいビール腹の医者が、カルテを片手に無精髭を撫でながら感嘆の唸りをあげた ヤマトは意識を回復してから約三日でなんとか歩けるようになるまで回復していた 「俺IRC入ってますから」 感激している医者を余所に、ヤマトは素っ気なく言った。すると医者は視線をヤマトの体へと向けると眉をしかめた 「いや……普通のIRCではここまで短期間では……それ以前に生命力が…」 「……?」 「いやね、IRCと言うのは本来その人間のエネルギーを使って細胞を作り傷の回復を早める『治癒補助器』なんだよ。よくIRCを持っている人間はすぐお腹が減るって聞くだろ?つまりある程度元気がないとIRCは働けない」 そんな事は初めて聞いた、まあ元々知ろうとしていたわけでもなかったが。とヤマトは思った 「じゃあ…なんなんすか?」 興味があったわけではない。けれどなぜか聞かなきゃいけない雰囲気のような気がしたヤマトは、形式的な言葉を返した 「分からないが……君の生命力が素晴らしいのか、IRCが特殊なのか……」
―――病室
「おっっめでとー!!」 パン、パァン!! クラッカーの乾いた音が響くと共に、ヤマトの頭上をカラーテープと紙の雪が舞った。アニーがSUMOUの力士が土俵で砂を撒くかのごとく紙の雪をそこらじゅうに散らせていた この紙吹雪はアニーお手製なのだろう。紙片の大きさがまちまちで形が歪であった。アニーは医者であるのに驚くほど手先が不器用だった そんなテンションの低いヤマトを余所に、どこで買ってきたのかわからないようなパーティーグッズを両手に、アニーは今までに見たことのないようなニコニコとした笑顔をしていた 「……まだ退院してねーだろ」 俺は敢えて素っ気なく突き放した 「いーのいーの。歩けるようになったって事はもう退院でしょ。それにそれに!!リー君たちからメッセージきてるし」 そう言うとアニーはカバンからホログラフボードを取り出すと、ベッドに座るヤマトに渡した――
『――ヤマト!!回復おめっとーぅす!!きゃっぴーーー!!』 『おいリー、近すぎるぞ』 再生を押すなり画面いっぱいにリーの屈託のない笑顔が現れたかと思うと、ダンボの声と共に後ろへと引っ張られていった それに割ってイアンが入ってくる 『とにかく、意識が戻って本当に良かった。今僕らはNYにあるアジトで今後について話し合ってる。ヤマトも退院したらこちらへ向かってくれ。地図はアニーに渡してある』 『ヤマト、無理はしなくていいからな。今はゆっくり休め、じゃあまたな』 『ヤマトー!!愛してるー!!ーー』
ダンボの優しい台詞と画面いっぱいのリーの顔を最後に、メッセージは終わった 「みんな元気そうだな」 「あんたが意識戻ってからね。それまではみんなずーっと心配しっぱなしで相当落ち込んでたんだから。特にイアンは自分がアメリカに連れてこなければって責任感じてたみたいだし」 そうか、みんななんだかんだ心配してくれてたのか……なんだか悪いことをしたな… ヤマトはあの無謀な行動に少し罪悪感を覚えた。結果オーライであっただけで、普通ならば今頃ヤマトの体は冷たいの中だ。しかし、それと同時にヤマトの中にある一つの疑問が浮かび上がった 「……ていうか、見舞いは?」 「?」 「いや、こんなんじゃなくても、直接来ればよかったんじゃね?てかホログラフボードじゃなくても、TV電話でいいだろ」 「あーそっか、意識なかったしね。まあいいわ、話してあげる――」 その後アニーは、ヤマトが意識を失ってからの経緯、今イアンたちがしている事などをおおまかにではあるが話してくれた
―――[世界政府 第2会議室]
「そうか…Mr.イトウが…」 「だから私は日本系の人間なんて入れるべきではないと言ったのよ!」 薄暗い会議室で、以前にも見た顔ぶれが同じような面持ちで座っていた 「列車事故に巻き込まれたはずのイトウは未だに行方不明です。病院に運ばれたらしいですが、その病院からはすでに消えていて、未だ場所は掴めてません」 ゴードンは淡々と現状を報告していた。どこか、感情を押し殺しているかのようにも聞こえた 「じゃあつまり、Mr.イトウがここの兵器を盗み出して、我々を狙っていると言うのだな?」 「まだそうと決まったわけではありません。現段階ではイトウの行動に不可解な点があるということと、今現在彼が行方不明であるということから、万が一の可能性をお話しているだけです」 「じゃあ…裏切り者がここに攻めてくるっていうの!?セキュリティとかは大丈夫なんでしょうね!!あなたが大丈夫というから、ここの人間はあなたの話に乗ったのよ!?」 「31人の『メティスの賢人』たちが何者かに次々と殺されているんだ。『ノアの方舟』の我々8人は大丈夫なんだろうな」 無表情で話すゴードンとは対照的に、各国理事たちの表情には焦りと不安の色が見えていた 「各階層のセキュリティは万全です。LEVEL3にはみなさんに毎日メールで届く日替わりの8桁コード。機密事項のあるLEVEL3以降は網膜認証か、私だけが持つ複製不可のマスターキーだけです」 「ならいいんだが……」
「ただ、一つ問題があります」 その言葉に部屋の空気が一瞬止まり、全員がゴードンに顔を向ける 「LEVEL3以降の機密書庫からの持ち出しは不可能のはずですが、もし、万が一イトウがなんらかの書類を持ち出し、それや盗んだ兵器を世間に公表するようなことがあれば……仮にも開発ルームから試作兵器を盗み出したのであれば、全くの不可能とも言いきれません」 「そ…そんなことになれば、調査団の真実や、大戦の真意、地上の現状がバレてしまうじゃないか!!」
ざわめく室内
「……それだけではありません…嘘が……あの年の大きな大きな嘘が……バレてしまう…」 ゴードンの額からじわりとした脂汗が浮き出る。彫りの深い顔に寄せた眉間のしわが、事の緊急性を物語っていた 「…全勢力をあげて、徹底的に、イトウを探します。みなさんも国に戻ったら、フェーズ5の新・特別指名手配措置をとってください。なるべく早く、あまり波風を立てずにお願いします」 手にした書類をまとめ静かに退室していく理事たちの背中を見つめながら、ゴードンは10年前のあの事件を思い出していた
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イアン逃げてー