SCENE:17  決着

 

白くなった視界が戻った時

10秒か20秒か、あるいはそれ以上か

 

 

 

正確な時間は定かではないが、ものすごい圧に体の内部がミシミシと軋んだ後、ヤマトの体は天井を突き破り、リニアの屋根部へと吹き飛ばされていた

海底トンネル内を走行するリニアの屋根部と天井との間には4mほどの空間があった

天井を突き破った後、ヤマトの肉体は前方からの激しい風圧によりその穴から10mほど後方まで転がっていった

今のヤマトにはそれに抗う力はなく、力なく横たわるヤマトを10m毎に設置された橙の電灯が、ものすごいスピードで照らしながら後方へと消えていく

 

「かっ……はっ……はっ……」

 

うまく呼吸が出来ない

体中の感覚が鈍い

視界がぼやける

熱い…体の芯が熱い……

 

 

……死…?

 

 

ドガァァァン!!!

 

遠くなるヤマトの耳に微かに聞こえる風を切る轟音と屋根を突き破る音

一瞬でも気を抜くと閉じて、もう二度と開かなくなってしまうんじゃないかというくらい重い瞼を必死に開けると、ヤマトのぼやけた視界の先数メートルにあの巨体が浮かび上がっていた

ゆっくりとその巨体はこちらへ向かってくる

ものすごい風圧も、この巨体には微々たる圧なのであろう

その猛獣は、その牙によって刃向かった草食獣に制裁を与え、瀕死となったそれを食しに来る

弱肉強食、これは自然界の掟。ヤマトは怪物にそう言われているような気がした

その雄、まるで百獣の王

 

ヤマトは別に無神論者というわけではない

特定の信仰はしていないが、やはりこの世のどこかに神様はいて、勝負事の決着をサイコロでも振って面白おかしく決めてるんじゃないか

そういう理不尽でエキサイティングな試合やレースを死ぬほど目の当たりにしてきたからこそ、ヤマトは神の存在を頭ごなしに否定しない

そんな淡白なヤマトが怪物の背後に見たもの 

 

死神

  

どす黒いオーラに包まれた獣のような死神が、不敵な笑みを浮かべその大きな鎌を振り下ろそうとしていた 

 

終わり……これで…?

まだ……なにも…

ロビン…俺…死ぬわ……ごめん

 

「―――」

 

 

その時、ヤマトは視界の先、リニアの進行方向はるか彼方に何かを捉えた

それは現状のヤマトの視力からすれば捉えられるはずのないもの。がしかし彼は見た。ヤマトの幻覚であった可能性もあるが、『それ』は事実そこに存在した

 

ヤマトに射した一縷の光明

 

 

怪物は目の前まで来ると、ヤマトを見下ろしながら呟いた

「……普通ならばガードしたところで骨は粉々のはずだ…よく生きてたな……あの体勢から寸前で後ろに跳んだか」

「お…前ら……何…者だ…?」

「我々はこの世界の終わりを告げにきた。終わりの始まりだ」

怪物はそう吐き捨て、その岩のような拳を振り上げようとした

(時間だ……もう少し時間が…)

ヤマトの体でまともに使えるのはもう口だけであった。生きるためには、喋るしかなかった。死の淵に立たされた命が、足掻きを始めた

 

「……な、なぁ」

「…なんだ?」

ヤマトの声にならない声に、怪物はその腕を止めた。自分に手傷を負わせた初めての人間に対する敬意なのか、この人間に対する警戒か。少なくとも怪物のこの行動は油断からくるものではなかった

「ウッドストックって……知ってっか?

「……なんだそれは?」

「むかーしよ、地上ででっけー音楽祭があったらしいんだ……最初はチケット制だったんだけどよ…周りの野次馬がフェンス壊して……結局フリーコンサートになっちまった」

これは、リーから聞いた話であった。適当に聞き流していたはずのリーのレトロ話が、ふと頭に蘇った。足掻きを始めた命が、少しずつ進みだした

「……何が言いたい?」

「すげーじゃん…そんだけそのアーティスト達の音楽が聴きたかったってことだろ?……法律犯してまでよ……俺もよ、そんなファイターになりてえなって。警備員押しのけてでも試合観たいって思わせるファイターに…よ……うっ!…ゲホッ!ゲホッ…!」

「……言いたいことはそれだけか」

怪物はこのヤマトの他愛のない話をずっと黙って聞いていた。怪物なりの慈悲か、それとも何かの情報を得られる見込みを含んでの洞察か

しかし、怪物はヤマトがもう話すことすら叶わないとみると、もう一度その拳を大きく振り上げた。今度こそ止められない、それほどの冷徹さが今度の怪物の拳にはあった

 

「今だ…!!」

 

怪物の両拳が上がった瞬間、ヤマトはありったけの力を振り絞り、怪物の右膝に蹴りを入れた。本当に最後の攻撃、命を燃やした一撃

怪物にとっては蚊ほどにも思わない最後の足掻きであったに違いない。怪物は構わずそのままその拳を振り下ろすつもりであった。「つもり」であった

 

次の瞬間、怪物の膝はカクンと落ちた

思いもよらない起きるはずの無い現象に、怪物が自分の右足を確認しようと振り返ったその時

怪物の上半身をトンネルの天井から突き出した『アメリカ あと300km』という案内板が覆っていた

 

 

グシャ

 

ヤマトの耳に鈍い音が響いた次の瞬間、ヤマトの目前にそびえ立っていた巨体は跡形も無く消え去っていた

風を切る轟音だけがヤマトの鼓膜を揺らす。脳が状況を理解するまでは、しばし時間がかかった

 

 

>>

怪物の右足はもう使い物になっていなかった

あの巨体がヤマトの右足へのローキックでいとも簡単に転げ落ちるのは不自然すぎる

怪物のバランスを偏らせていたのはそう 

「ガラス片」

怪物の気を引くためにヤマトが右アキレス腱へと投げつけた破片

彼らには「触覚」はあるが「痛覚」がない。正確に言えば「ある一定以上の刺激は感知しない」のである

つまり彼らは相手からの攻撃を見える状態で喰らったり、傷口を見ることで自分の状態を知る

 

ヤマトの初手は死角からの攻撃

つまり怪物にとっては「足がよろめく程度の攻撃を受けた」という気にすらかけない軽傷

しかし実際は「アキレスを深く裂いていた」という致命傷になりかねないダメージ

実力差は歴然

同じ条件、闘技場のようなフィールドで闘っていればヤマトに勝ち目は全くなかった

初手によるダメージの認識の差違

正確に視認出来ていたか別としてはるか先に天井部の突起を発見出来た事

紡ぎ紡ぎながらではあるが死の淵で時間を稼ぎ、結果的に怪物をそれに激突させたヤマトの策略

いずれも幸運が重なった結果ではあるが、決してこれは偶然などではなく、ヤマトの命への執着が生んだ「必然たる結果」であった

>>

  

「へへ……勝っ…た…」

 

 

ようやく事態を認識したヤマトの意識は、そこで途切れた――

 

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ロビン「ん?呼んだ?(´ ・ω・`)」

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