SCENE:16  凡夫

 

「まずは出方を伺うか……」

怪物突入の衝撃から車両内の気圧バランスは崩れ、激しい流れの気流と揺れが車両内の人間を襲う。にも関わらず対峙する二者は微動だにしなかった

「うおっ…!!」

「あぶねっ!!」

リー、ダンボ、イアンはその揺れに耐えられず、床に腰を落とした

その中、依然対峙するヤマトと怪物

ヤマトは怪物の四肢のおおよそを目測で測ると、鍛え抜かれたふくらはぎを膨張させ、そのリーチの手前まで一気に間合いを詰めた

光速の如きスピードと攻撃モーション

反応しないはずがない、反応せずにはいられない

「反射」とは、そういうものだ

 

>>

これはヤマトのよく使う手法である

戦闘序盤に相手の間合いギリギリまで詰めフェイクの攻撃モーションを見せる

これにより相手がとる行動は大別して二つ

 

カウンターを仕掛けてくるか

 

回避行動を取るか

 

これで相手の戦闘スタイルや、レベル、性格などがおおよそにして分かる

分かるはずなのだが……

>>

 

 

しかし

怪物は微動だにしなかった

「なに…!?」

サイズ、筋力の差からくる圧倒的優勢

自分の間合いに入らなければ相手は攻撃出来ない

リスクを冒してまで自分から相手の間合いに踏み込む必要はない

一撃を喰らっても、捕まえればいい

自分にはその一撃を耐えうる筋力がある。そして捕まえる自信も

その認識が、自然と怪物の戦闘スタイルを「受け身」にさせていた

 

「このやろ……俺はそういうスタイルのやつが嫌いなんだよ…」

ヤマトは小さく歯ぎしりを漏らした

 

 

ヤマトは小さい。否、アルティマロッタファイターのほとんどが2m超の身長を持つ

元々、ヤマトもカウンタータイプの人間である

サイズもリーチも筋力も外国人選手に比べると劣る彼は、スピードとバネ、そして並外れた動体視力でカウンターを狙うスタイルを主軸に置いていた

相手のクセや隙を見極め、弱点を見つけ、そこにつけこむ

詰まる所「相手が出て来ないと手が出せない」のである。能力的に勝っていれば自分から仕掛けることも出来るが、サイズとパワーでは圧倒的に不利なため、迂闊に手が出せないでいた

『アルティマロッタ(無差別格闘技)で凡夫(アジア人)は活躍できない』

この格言は、アルティマロッタにおける東京コロニーのレベルの低さを揶揄したものである

圧倒的な才能の差を、自分の長所を最大限活かす闘い方と弛まぬ鍛錬により埋めたヤマトにとって、一番嫌いなこの言葉が一瞬脳裏を過ぎった

 

  

「クソッ…ジリ貧は勘弁だ…」

そう言いながら怪物と間合いを取り直したヤマトは、足元に散らばるガラス片を見つけた

「……ここは闘技場じゃねぇ」

そう呟くと、ヤマトはそのガラス片を思い切り踏んで細かくし、怪物の顔目掛けて蹴り上げた

宙を舞う無数の破片

火花を散らし点滅する車両内でそれが微光に当てられキラキラと反射する様は、一瞬の美を感じさせた

 

「!?」

想定外の攻撃に判断が遅れたのか、それともこの視界が十分ではない場所のせいか――

 

怪物にとってガラス片の攻撃など無きに等しい

振り払わずとも、眼球に向かって飛んでくる破片だけ避ければいいだけの話である

しかし、怪物は思わぬ攻撃にそのドラム缶のような腕を顔の前で交差させた

怪物がその破片を払うのに一瞬視界を腕で覆った瞬間

ヤマトの体は宙を舞い、怪物の頭上を飛び越えた

怪物は視界から一瞬にして消えた人間に驚き、その人間を視界に入れるためにその巨体を反転させた瞬間

怪物後方で切り返したヤマトの回転飛び上段蹴りが怪物の左顎を確実に捉えた

 

これは完全な怪物の『油断』であった。勝機を見出した怪物は、無意識のうちにそれ以外の可能性を排除してしまっていた

そのためヤマトがガラス片を細かく砕くその『予想外の行動』でさえ、彼にとっては無意味以外の何者でもなく、そこから考えうる相手の行動パターンを読む事を怠ってしまったのだ

その油断と、ヤマトの奇をてらった行動と完成された攻撃が、この下剋上を生んだのだった

 

振り返りざまのノーガードの体勢は重心が高く、そして踏ん張りが効かない

さらにヤマトの回転飛び上段蹴りは、腰の柔らかさからくる回転スピードも相まって、その破壊力は想像を絶していた

その様々な事象により重なった条件が、180cm弱の人間の蹴りが3mはあろうかという巨体を吹っ飛ばした

ドスンという鈍い音と共にその巨体が地面へと落ちる

 

確かな感触

 

だが、ヤマトは油断しなかった

この怪物たちには脳へのダメージが効かないことを承知していた

その警戒心からか、ヤマトは追い討ちとばかりに先ほどの衝撃で外れかけていた座席を担いで怪物に振り下ろそうとした。興奮から来るアドレナリンは、彼の筋力を想像以上に増幅させていた。「勝てる」、そう思った

が次の瞬間、ヤマトの眼前が影で覆われた

 

アルティマロッタの決勝で闘った時も、サッカースタジアムで闘った時もあった

一瞬だけ相手の動きの基本スピードが格段に上がる現象

原因は分からないが、目測からはとても想像のつかない相手のスペックを卓越した動き

一瞬にして怖気を感じさせるその「非人間的な動き」に最大限注意はしていたつもりであったが、初めてのストリートファイトでの緊張、格上の相手との戦闘に見えた勝機、これを逃したら殺されるという焦りが、ヤマトの「ビビる」という感情を麻痺させていた

 

ヤマトがその失策に気付いた時、塞がれた両腕、伸びきった上体、そしてすでに怪物の岩のような拳はヤマトの顔面目の前まで来ており、とてもかわせるレベルではなかった

ヤマトの視界に映る周りの景色が、ゆっくりと流麗に流れる

 

 

 

「しまっ……――」

 

 

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次回からは新連載『リーの奇妙な冒険〜第3部〜』をお送りいたします

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