SCENE:13  必然の偶然

 

―――サーキット外、エントランス前広場

 

レースが始まって一時間、これからクライマックスに向けた後半戦という中、ヤマトは外に出てきていた

あの雰囲気にはとても耐えられなかった。浴びる側と浴びせる側にはこんなにも違いがあるのか。思い出すだけで吐き気がこみ上げてくる。単なるスポーツとは違う、ギャンブル性が絡んだエンターテイメントの邪欲が見え隠れする人々の蛮声。自分はずっと浴びる側でいたい。ヤマトはそう思った

あと、彼が会場を出てきた理由はもう一つあった

 

ロビンの乗っていたマシンが爆発した

 

スタートの合図と同時に四台のマシンが突如轟音と共に火柱を上げ、その機体を黒く焦がした

その中に、ロビンが乗っていたであろうマシンもあった

同じ死地で闘うプロとして仕方のないことではあるが、ヤマトにとって自分と同じ年くらいの人間が目の前で死ぬのはやはりいい気持ちがしなかった

そんな気持ちからか、気付いた時には彼は自然とサーキットを背中に海へと歩いていた

先ほどまで群集で地面すら見えなかったエントランス前広場も人一人おらずがらんどうとしていて、まるで別の場所に来たような錯覚に陥る

ヤマトが誰もいないエントランス前広場をビーチに向かって歩いていると、ビーチ入り口の階段に見覚えのある一人の男がうな垂れて座っていた

 

 

「……?ロビン…?」

「…あ、ヤマトさん…」

それは紛れもなく一時間ほど前ヤマトの目の前で死んだはずのあのロビンだった。垂れた目がさらに悲しげに垂れていて、今にも泣きそうな顔であった 

「ロビン…!なんでここに…!?」

「実は――」

 

――ロビンはレース前、何者かが自分の乗るマシンに細工をして立ち去る場面を目撃してしまった。そこでそれを監督に伝えたところメンテナンススタッフを呼んで点検してくれた。しかしそのスタッフによると異常は全く見つからなかった。なぜなら、そのメンテナンススタッフこそが細工をしていた真犯人だったから

それでロビンは必死に抗議したのだが取り合ってもらえず、直前になって逃げ出してしまった。あの爆発で死んだのはセカンドドライバーだろう

 

「――僕は…最低な人間です。チームメイトを見殺しにしてしまった。……で…でも!どうすることもできなかったんです!新参ドライバーの自分のことなんてチームが気にかけてくれるわけがない!乗るか逃げるか!チームを変えることなんてできない!僕には!」

膝の間に顔を埋めながら、ロビンが堰を切ったように叫びだした。溜まっていた何かが、激流となって押し出された

「……」

ヤマトは黙ってそれを受け止めた。あの時垣間見えた、ロビンの覚悟を彼は信じた

「……死ぬことはね、やっぱり怖いです」

 

階段でビーチを臨みながら座る二人の背中を、サーキットから聞こえる歓声の微かな断片が小刻みに揺らしていた

 

「……僕は、スラム出身のレーサーじゃありません。アメリカ出身の普通の家庭に生まれた普通の人間です」

ドラッグレースのレーサーはスラム出身と金持ち出身に二分される。生きるためにスラムから成り上がりで選考会を突破した者。自身でもチームを持ち、スリルを求めてレースに参加する愚者

上品な顔立ちから育ちはいい雰囲気はあったが、やはりロビンはスラム出身ではなかった。しかし話から察するに、彼は選考会を経てレーサーになったと思われる。こんな死亡率の高いレースに志願する一般人なんてまずいない。ヤマトはは奇妙に思ったが、黙ってその先を聞くことにした

「選考会に受かって、いくつもの予選を突破して今年初めてオフィシャルドライバーの仲間入り出来て……それでも走る前はやっぱり逃げ出したくなります。けれど自分にはこれで勝たなきゃいけない理由があるし、生き残らなければならない義務がある」

ロビンの顔は先ほど廊下で出会った時の府抜けたそれとは違い、何か使命感のようなものを背負っているように感じた

「だから……死ぬってわかりきった所に行く勇気なんてなかったんです。けど、暴動を起こしてでもチームをレースから棄権させる度胸もなかった……結局は自分が一番かわいいんです。僕は」

そう言うとロビンは、一瞬見せた真剣な顔をゆっくりと立てた膝と組んだ腕の間に埋め、静かに泣き始めた

ロビンのすすり泣く声と微かな波音が二人の間に流れる

少しムッとする湿った暖かい風が、音もなく通り過ぎる

 

 

「―――いいんじゃねえか?」

「……え?」

静寂を裂いたヤマトの意外な一言に、ロビンは泣いていた顔を上げた。その目は赤く腫れていて、大きな鼻からは鼻水が垂れていた

「『ビビる』って言うのは大事なことなんだぜ。『ビビる』っていうのは『生きたい』って思う裏返しなんだ。俺だって今でも強敵との試合前はこの試合で死ぬかもって思う。でも、そーやってビビるからこそ死の淵でも最善の選択が出来るんだって、思ってる」

「……」

「だから、お前の選択にも何か重要な価値があるんだよきっと。お前の本能がそうさせた。なら仕方ねえよ」

ロビンはヤマトの話を黙って聞いていた。人に説教したことなどほとんどないヤマトだったが、なぜかロビンは昔の自分を見ているようでほっとけなかった

「大事なのは『過去の選択』を悔やむことじゃなくて、今をどうするかじゃねぇか?」

ヤマトはそう明るく話すと、顔を涙と鼻水でぐじゅぐじゅにさせたロビンの肩をポンと叩き、立ち上がった

「ま、お前は生きてんだ。生きてなきゃ何も出来ない。来年またレースに出ることも、今からの時間も。よく言うじゃねえか、『生きてるだけで、丸儲け』って」

「ヤマトさん……」

ヤマトをじっと見つめるロビンの目にはまだうっすらと涙が溜まっていた。ヤマトはロビンの腕を掴んで立たせると尻を軽く2回叩き、戻るのを促すようにロビンをサーキットへと向かわせた。ロビンは真っ赤にさせた目を手で拭って無言でヤマトに一礼すると、少し駆け足でスタジアムへと戻っていった

そして、それとすれ違うようにして、エントランスから人間とは思えない巨体をした大男がゆっくりとその大きな歩幅で近づいてきた

 

 

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この出会いは、吉であったのか、凶であったのか

何もせずともアルティマロッタ世界大会で数ヵ月後に出会うはずの二人

神のいたずらか、偶然か―――

 

否。

 

これは『必然』

二人はここで出会い、そしてまたいつか対峙する。二人の予想とは全く違った結果で

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その大男はヤマトの存在を認識しているようであったが、視線は依然ビーチを向けたまま、何事もないようにゆっくりとヤマトの横を通過しようとした

視界を飛び回る蠅と同等の扱い、否、それ以下か

その瞬間ヤマトに怒りの感情が湧きあがった

自分の存在を毛ほども思わない彼のその余裕に?

いや、その真意はあまりにも彼の行動が「ヤマトの予想通り」であったことからくる自分に対する屈辱感であった

 

「――アンタ…ヘラクレスだろ」

「…東京の…ヤマトタケルか……」

ヘラクレスがヤマトの真横を通りすぎようとして立ち止まる。ヤマトの名前は頭のデータに入っていただけなのだろう、ヤマト自身を知っている口ぶりには聞こえなかった

二人の身長差はおよそ二倍。横幅の太さも相まって、その二つのシルエットは遠目から見るととても同じ位置に立っているようには見えない

人一人いない広場に、戦士が二人

 

 

「――アンタもこーゆーの観に来るんだな」

「……トレーニングのついでだ」

「で、気分が悪くなって出てきたと」

「……そんなところだ」

「へぇー。ただの殺戮兵器みたいな体して意外にお優しいお心をお持ちで」

「…何が言いたい?」

 

同じ舞台に立つファイターが出会うとどうしてこんな雰囲気になるのだろう、とヤマトは思った。お互いに顔には出さずとも神経を尖らせ相手の力量を量ろうとし、殺伐とした空気が流れる

……いや、この場で神経を尖らせていたのはヤマトただ一人だけであったのかもしれない

正直こんなやつに勝てる気がしないとヤマトの本能はビビっていた。普段ヤマトはファイター相手に挑発なんか一切しないのだが、ヘラクレスのオーラに気圧され圧倒的な力を見せつけられたようで、口数が自然と増えていた。薄っぺらな言葉で、必死で身を守ろうとしていた

頬を辿る汗の感覚すらわかるような張り詰めた空気が流れていた中、二人の視界の外から声がした

 

 

「――ヤ…ヤマト!?」

ヤマトは、その声にとても聞き覚えがあった

イトウマサル 

中学2年の時に転校した、リーやダンボと共にとても仲の良かった幼馴染

ヤマトが振り返った先には、あの頃と変わらない頭からちょろっと毛を飛び出させたメガネのイアンが立っていた

少しこけた頬とちょろっと生えた顎ヒゲだけが、二人の時間の経過を感じさせた

 

「……なんだイトウ。もう帰るのか?」

ヘラクレスは低い枯れ声でそう言うと、その巨体をイアンの方へ向ける

 

ヤマトはヘラクレスの言葉に耳を疑った

 

こいつがなぜ、イアンを知っているのか

そもそもなぜ、イアンがここにいるのか

 

無言で佇む三人の周りを、サーキットから漏れる微小な歓声が包んでいた―――

 

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ロビン生きてた(笑)

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