SCENE:11 実態 |
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眼前に広がる七色の鮮やかな色彩をそよがせる花畑 視界の端にまで広がる花畑の上で楽しそうに踊る様々な昆虫達 その中央に座り花と戯れる若い女が一人。長い黒髪に控えめな顔立ちはおおよそアジア系 その時視界の端から、肩に止まる鶯に微笑む女に向かって歩み寄る若い男 齢18前後のその男は微笑みながら女の脇に座ると、ゆっくりと後ろに回していた両手を前へと差し出す その手に握られていた一輪の大きな赤いチューリップに、二人はお日様の様に笑い、鮮麗な花畑に煌びやかな愛を振りまいていた
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ほとんど光を持たない部屋 鋼鉄で出来た黒色のドアの小窓から差し込む僅かな光芒が、ベッドと洗面台以外何も無い質素な部屋の冷たさをより際立たせる そのベッドに座り俯く大男は、先ほど見た夢に苛立ち、歯軋りを漏らしながら岩のような膝を上下に揺らしていた 「……また…この夢…」 この大男は幾度もこの夢を見ている 過去の経験にこんな記憶はないし、今の自分とはかけ離れた情景である 彼は昔からここでファイターとして育てられてきた。彼はあんな鮮やかな景色など見たことが無い。ただ無機質な器具の並ぶ部屋でのトレーニングと、鉄臭い血の匂いがこびり付いた闘技場での闘いを繰り返して生きてきた しかしなぜか、この情景を他人事とは思えない その矛盾からくる奇妙な違和感が、彼を憤怒させていた 「くそ…一体何なんだ……!!」
ガシャァァン!!!
一見すると岩石と見紛うほどの大きな右手を、特殊チタン合金製のベッドに勢いよく打ち付ける。ベッドは激しく揺れ、同じくチタンに囲まれた狭い室内にその金属音を轟かせた その時
ギィィイ――
誰かが重々しい扉の開く音と共に部屋に光が差し込み、鉄灰色一色の部屋を照らし出す。それに従いベッドに座る大男の隆起した筋肉が光を浴び鈍く光る 「ヘラクレス……レストカプセルに入る気になったか」 「…あぁ、大分落ち着いた」 ヘラクレスはドアの前で立つメガネの男を一瞥すると、気だるそうにゆっくりと立ち上がった。その様子を察してかそれとも元々これを言うために来たのか、来訪者は2枚のチケットを取りだした 「……なぁヘラクレス。ドラッグレースって知ってるか?」 「……あの毎年うじゃうじゃ死人がでるやつか?」 「あぁ。お前最近鎮静剤打つ頻度が多くなってきているだろ。疲れているんじゃないか?……この際だ、トレーニングがてらに見に行かないか?」 「……なんだイトウ。いつも真面目なお前らしくないな」 「まぁ……今はゴードン大統領も東奔西走だからな…正直居心地が悪い」 そう軽く笑いながらイトウという来訪者が身を翻し部屋を後にしようとした時、ヘラクレスがその低い枯れ声でイトウに問いかけた
「なあイトウ……俺は…一体何者なんだ…?」
その言葉にイトウは足を止めると、顔右半分だけをヘラクレスに向け、メガネを上げなおした
「いずれ……知る時が来る…知らなければならない時が…」
イトウのメガネは光芒を浴びて白く光り、その表情を窺うことは叶わなかったが、何か思いつめた様子にも見えた ヘラクレスはその言葉に一瞬の悲哀を見せたかに見えたが、顔を上げ部屋から出た瞬間にはいつもの彫刻のような無表情へと戻っていた――
―――[ブエノスアイレス 第一セクター]
「うっひょぉーーーー!!!祝!!東京脱出!!」 「うるせーぞリー。東京の方がでけーだろ」 「東京はもう見慣れてるからな。なんか見知らぬ土地、建物って興奮すんじゃん!?」
深夜0時を回り、無事ブエノスアイレスに到着したヤマトたちは、今夜泊まる宿へと車を走らせていた 後部座席で車の窓に顔を引っ付け、鼻息でその窓を白く曇らせているリーを尻目に、助手席のヤマトは駅を出てから気にかかっていた質問をダンボにぶつけた 「…なぁ、ブエノスアイレスってこんなに栄えてたのか?もっと治安悪いのかと思ってたんだけど」 鮮やかなネオンに白光が絶えることのない高層ビル群、そして0時を越えても交差点には途絶えることのない派手な服を着た群集 ドラッグレースを観るために外から来ている人間がほとんどだろうが、この賑わいはヤマトの予想を遥かに超えていた ヤマトの言葉に、ダンボは車のハンドルを握りながら神妙な顔をすると、一息ついて話し始めた 「……表向きはな…この第一セクターだけだ、華やかなのは。他は目も当てられん」 ダンボは以前にもここに来たことがあるのだろう。実態を知っている様子であった 「ほら、道端にぽつぽつとボロ布を羽織った子供がいるだろ?あれは居住区の子供たちだ」 ダンボが目線を送った先には、煌びやかな服を羽織った人間達の間にまるで幽霊のように佇んでいる薄汚れた子供たちがいた。一見すると同じ次元にいるように見えないが、その子供たちはどうやら物乞いをしているようであった 「ドラッグレースの時期はな、稼ぎ時だそうだ」 ダンボは流し目で道端の子供達に目をやると、苦虫を噛み潰したように少し唇をかみ締めた 「あーやって小銭を手に入れて親の元へ帰る。このコロニーで工場で働ける人間なんざ一握りだ。あぶれた大人たちは生きるために盗みから臓器売買なんでもやる。しかし政府は『絶対平和』の基に国民は下請け産業で生計を立てていると公表しているわけだ。……これがここの現状だ」 ダンボの言葉はとても重く、実態を知りながら何も出来ない自分に苛立っているかにも聞こえた ヤマトは何も知らない。知らないが、この窓の外に広がる光景には心をグッと圧迫される気持ちになった 「……『平和』ってなんなんだろうな…」 ヤマトは外で照り映える極彩色のネオンに目をやりながらそう呟くと、どちらからともなく車内は無言になった
後ろで鼻を膨らませはしゃぐリーを除いては―――
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リーに萌えた