SCENE:10 悪夢の価値 |
―――[大陸間移動リニア車内]
「いやー!超豪華だったー!俺リニアなんて初めて乗ったぜ!全然揺れないのな!!なあヤマト!」 一通り車内を探検してきたのだろう。目をキラキラさせたリーはいい汗をかきながら席へと戻ってきた。そんな暑苦しいリーをヤマトは雑誌を読みながらさらっとかわした 「俺はNYのルーキー大会ん時に一度乗ってるからな。お前とは違うんだよ。へへ」 「うわ、自慢かよ自慢」 「このリニアは東京〜ブエノスアイレス間を約6時間で結ぶ世界最速の乗り物だ。最高時速3500km。およそマッハ3だぞマッハ3」 リニアに乗った乗らないで二人が言い合っていると、ダンボが二人の間に入るようにその太い指を三本立てた。そのダンボにリーが問いかける 「てかダンボさ、俺ずっと思ってたんだけどなんで加速時にほとんどGを感じないんだ?確か東京〜ブエノスアイレスのリニアって加速度2Gくらいあるだろ?」 「このリニアは二重構造になっていてな、加速時に内部が相対的に後方へ移動することによってGを軽減しているんだよ」 「へぇ〜!!だからやたら車両長いのに前半分しか人が乗りこまなかったのか!!すごいな〜マジ感動」 「減速時は逆に前方に移動する。これで赤ん坊から老人まで快適に乗れるってわけだ」 ダンボはよくこのリニアを利用するのだろう。慣れた様子でリーに色々説明していた。リーも興奮した様子でダンボの話に耳を傾けている 俺にはなんの話かわからないし、興味もない。難しい話から耳を遠ざけるようにヘッドフォンをかけると、少しの間浅い眠りに落ちた――
―――
『……おい、新型ウイルスの様子はどうだい?』 『ええ、恐ろしいくらい順調よ』
目の前には10畳ほどの薄暗い部屋、その中央に構えるシルク地のダブルベッドに座る自分。部屋に少量の明かりを差し込ませているドアの隙間から、二人の男女の話し声が聞こえてくる
『……この抗ウイルス剤さえ作れれば、IRCは完璧になる』 『そうね…頑張りましょう。あなた』 『ところで…あいつは寝てるのか?』 『ええ、さっき寝かせたわ』 <あいつ>」とは自分のことなのか。ふと気になった自分はベッドから降りると、柔らかい感触の絨毯を裸足で歩き、その隙間から差し込む光の先を覗き込んだ
「……!!??」
次の瞬間、その些細な好奇心に負けた自分を悔いた その先には、一面真っ白な部屋に首から上だけがこの世のものとは思えないような様相を呈した、緑色の『怪物』が二匹こちらを向いて立っていた――
「――うわぁ!!」 「おわ!ビックリした!!なんだよいきなり!!」 突如飛び跳ねるように起きた俺に、腕を組んで転寝をしていたリーもパソコンを膝の上に広げていたダンボも、目を丸くしてびくっと腰を引いた 「い、いや…なんでもない……」 「すごい汗だな。大丈夫か?」 ダンボが心配したように小奇麗なハンカチをヤマトに差し出す。ヤマトはそれで額の汗を拭うと、徐にケータイを開いた 現在22時半。3人がリニアに乗って4時間半。おおよそ3時間近く眠っていたことになる
なんだあの夢は……? 大体夢なんてほとんど見ないのに……
先ほどまで目の前に広がっていた見たこともない悪夢に、ヤマトが気味の悪い違和感を覚えていると、手に握るケータイが震えた 「……もしもし?」 『あ、ヤマト?この前の大会の賞金出た?』 アニーだった。ヤマトは反射的に受話部を耳から遠ざける。本当によく通る声だ。離しても何を言っているのかよく分かる。これではもうスピーカー機能をを使わずともスピーカーのようなものだった 「ああ、出たけど。10万ドル」 『ちょ!!なんでアンタ給料振り込んでくんないのよ!!こちとら生活ギリなんだから!!』 もう声が割れ気味になっており、はっきりとは聞き取れない。だがアニーが今金欠であることだけはヤマトに伝わった 「あー忘れてた。後で振り込んどく。てかなんでいつも生活ギリなんだよ。ちゃんと給料払ってんだろうが。どうせギャンブルかなんかだろ」 『うるさい!!今日中に振り込まないと利子150%だからね!!』 「無理無理。今リニアの中だから。ブエノスアイレス着くの24時だしな」
「――なぁ、電話アニーちゃん?」 ヤマトがアニーのマシンガントークを素っ気無くかわしていると、リーが電話を変わってくれというジェスチャーをした。ヤマトは少し考えた後、無言でリーにケータイを渡した
『はあ!?なんでアンタがリニアに……!!』 「あ、あの!…ア、アニーちゃん?こ…こんばんは」
リーがいつもより半音高い声で挨拶をした。口元はあのサッカーチケットを取りだした時の不気味な笑み近い形を取っていた。無論、この笑みは下心だろうが 『…あら?リー君?こんばんはー。なに?一緒にリニア乗ってるの?』 「はい!ドラッグレースを見に行くんです!」 いつもよりリーの口調が明瞭になっている。電話の相手に向かってペコペコお辞儀をするリーに苦笑すると、ヤマトはダンボと顔を見合わせた 「こいつ、うちの専属メディカルドクターのこと好きなんだよ」 「あぁ、見れば分かる」 電話口のアニーに聞こえないよう、二人は静かに肩を揺らし笑った――
―――[世界政府 プライムルーム]
「大統領、ヘラクレスがまたレストカプセルの使用を拒否しました」 「…後にしてくれないか?私はMODとSS砲の事件の事で手一杯なんだ」 忙しそうに机上のパソコンに向かって文字を打ち込む大統領。目の下に広がる大きな隈は、ここ3日全く寝ていないことを証明するものであった。いつも冷静な大統領もさすがにストレスは極限まで溜まっている様子で、部屋の中央で話す秘書官である若い男もいささか話しづらそうであった 「し、しかし、定期的に入れないと……」 「はぁ…じゃあ君がセカンダリセキュリティルームから鎮静剤を出して医療班に渡してやってくれ」 ゴードン世界大統領はそう言うとパソコンに顔を向けたまま、メガネをかけた日本系の若い秘書官に胸から取り出したカードキーを乱暴に投げた 回転しながら弧を描いて自分に向かってくるカードに、一瞬身を怯ませた秘書官はカードを取り損ね、カードは赤い絨毯の上を転がって行った ゴードンの乱暴な扱いとは反対に、秘書官は慌ててそのカードを拾うと大切そうにハンカチで拭いた。セキュリティルームの鍵の扱い方としては後者が正しいのだろう 「は、はい…分かりました……」
秘書官は少し戸惑いながらも、状況から察するに仕方ないといった様子で頭を下げると、部屋を出て行った
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自分でもマッハ3はないと思った