SCENE:09  発散場

 

―――[2139]

 

「――やーいやーいクルクルサバテー」

「うわ!サバテ菌がうつるぞ!髪の毛クルクルになっちゃうぞ!逃げろ〜!」

休み時間、机の間を書駆け抜ける男子、それをわき目に談笑する女子

 

非常に、日常

 

小学生にとって休み時間は貴重な遊び時間であるのだ

その遊びは純粋であるが、時に残酷である 

「返してよ〜僕の筆箱〜」

頭は短い天然パーマ、フランスパンのような面長の顔についた垂れ目は何をやっても許してくれそうな印象を与え、さらにいつも頑なに着続けているダボダボに伸びた褐色のシャツが、サバテの印象を「イジメの対象」へと必然的に誘っていた

サバテをからかい直接的な行為をする数人の生徒、サバテを嫌っているわけではないがそれを見てみぬ振りする周りの生徒

 

サバテは孤独だった

 

しかしサバテは、その笑顔を決して崩さなかった

なぜか――

 

 

――ある日、低く薄暗い空から静かに雨が降り続く午後

「おい、お前なんでいつもそのお守りみたいなのポケットに入れてんだよ」

「――え?」

「さっきいじってたろ!!出せよ!!」 

サバテにちょっかいを出す数人の男子、いつもの光景。しかし、今日は何かが違った

「や、やだよ!!絶対やだ!!」

「んだよ!逆らうのかよ!!」 

必死で抵抗するサバテ。いつもであれば何をされても抵抗せず、その笑顔を崩さないサバテであるが、今回はお守りを取ろうとする男子に激しく抵抗し、凄い剣幕でその腕に勢いよく噛み付いた

「ッッッ痛!!テ、テメー!!」

腕にものすごい激痛が走ったその男子は反射的に腕にしがみつくサバテを蹴飛ばす。飛ばされたサバテは後ろのロッカーに後頭部を強打し、もんどりうった

「うぎゃぁぁぁ!!!!」

教室にサバテの悲鳴がこだまする。教室中の視線が、痛みに悶絶するサバテに移される

「……お前が素直に渡さないからだかんな……」

悲鳴にたじろいだのか、その男子は少し申し訳なさそうにサバテにそう言うと、その奪い取ったお守りの紐に手をかけた

 

「や…やめろぉぉぉ!!!」

  

サバテは目に涙を溜めながらも、その紐を解くのを阻止するかのようにものすごいスピードで突進した。腹に思い切りタックルを受けたその男子は、転んだ拍子にお守りを廊下にふっ飛ばしてしまう 

「――あ!」

 

その窓から廊下へと放物円を描いて飛んでいったお守りは、廊下を歩くある男子生徒の目の前へと落ちた

 

「――?」

 

その男子生徒は反射的にそれを拾い、飛んできた先、倒れる男子とそれに覆いかぶさるサバテの方を見る

「あ!そのお守りパス!!サバテに渡すな!!」

「……」

サバテはタックルした男子がお守りを持っていないことに気付くとすぐさま立ち上がり、廊下の男子生徒の元へと駆け寄った

「……返して…くだ…さい……」 

声にならない声を必死で絞り出す。それは極度の人見知りのサバテにとって、精一杯の勇気だった

下唇噛み締め、をそのよれよれのシャツの裾を両手で強く握りながら、下を向いて精一杯の言葉を投げかけるサバテに、その男子生徒はお守りをサバテの前に差し出した

「……ほら」

男子生徒は無表情で、俯くサバテの頭頂部を何気なく見ていた。視界上方にお守りとその手が見えたサバテは、慌てた様子でそれを受け取りポケットに入れた

「……あ、ありがとう……ヤマト君」

「バカだな…大事なもんはちゃんとしまっとけよな…」 

そういうとその男子生徒は、照れくさそうに頭をかきながらそそくさと行ってしまった

その後姿を、サバテはずっと見つめていた。ずっと

これが、サバテとヤマトの出会いであった―――

 

 

  

―――[2150年]

 

「サバテかーあいつ死んじゃったんだよな確か」

「事故だったんだっけ?あん時葬式とか行ってないよね俺ら?」

リーもサバテのことは覚えていたらしい。ヤマトたち三人は、サバテとは一度もクラスが一緒になったことがなかったため、あの時は「サバテといういじめられっ子がいる」という認識でしかなかった

「あぁ…あの時は先生達だけで密葬やったらしい」
 

サバテはあの初めて喋った日から約半年後、突然学校からいなくなり、突然死んだ
 

当時小学生だった彼らにとって、サバテの死は単なるエンターテイメントでしかなかった

「サバテの幽霊を見た」

「サバテの席に座ると呪われる」

サバテの死は子供達の話題の流行として取り上げられ、都市伝説として生きているとき以上にもてはやされ、そして瞬く間に記憶の隅に忘れ去られていった

そんな懐かしい記憶の中、ヤマトはずっと心に引っかかる記憶の欠片があった

 

 

――ヤマトがあの時見たのは間違いなくサバテだった

忘れもしないあの激しい雨が地面を叩いていた日、サッカーの練習終わりにヤマトがチルバイクで家路を急いでいた時

通りかかった水浸しの公園にふと目を向けると、中央にずぶ濡れのサバテが佇んでいた

突然サバテが消えたという噂を聞いてから4日後のことだった。ビックリしたヤマトは思わずバイクを止めた

公園の中央で、サバテは大粒の雨が落ちてくる灰空をじっと見上げているようだったが、何かがおかしかった

何か呟いていたような、雨音にかき消されその声は耳まで届かなかったが、口は確実に何かの言葉をかたどっていた

その時ヤマトは、何か不気味さを感じてその場を去ってしまった

本来ならばすぐに先生に連絡するなりするべきだったのだろうが、帰ってからシャワーを浴びたり、洗濯している間にすっかり忘れてしまっていたのだ

その3日後、サバテは死んだ

あの時先生にちゃんと連絡していれば……

あれ以来、ヤマトの心にはずっと罪悪感のようなものが残っていたのだった――

 

 

「――あ、そうだ。お前らブエノスアイレス行くか?」

ヤマトがしばらく考え事をしている間に話は変わっていたのか、ダンボが突飛なことを言い出した

「え?なんで?」

素っ頓狂な顔でヤマトがそう返すと、ダンボは椅子下に置いていたビジネスバックを漁り、一枚のチラシを取り出した

「元々これに誘うためにここ尋ねたんだけどな……ほれ、ドラッグレース

「こ、これって!?」

そのカラフルなチラシに真っ先に反応したリーが興奮気味にチラシに飛びつく

「うちの知り合いの会社がちょっとしたスポンサーでな、偶然にも決勝レースのチケット3枚貰えたんだよ。しかもロイヤルボックス」

「うおー!!マジこれ生きてるうちに一度は行ってみたかったんだよー!!ダンボ〜愛してる〜!!」

機械好きのリーにとってエアバイクレースとこのドラッグレースは三度の飯より好きなことであった。テレビでそれらを見た翌日はヤマトにマシンのうんちくを嫌というほど語ってくる

その時のリーの瞳は少年のように澄んでいるのだが、如何せんヤマトがそれらに全く興味がないため、誰もリーの話などまともに聞いていない

エアバイクレースとドラッグレースは世界で1,2を争う人気を誇るレースであるが、チケットの入手はドラッグレースの方が遥かに困難である

 

 

なぜか―――

 

ドラッグレースは必ず死人が出るからだ

電磁場で浮かせた車にジェットエンジンを組み込んだ非公式の車で行なうレースであり、そのスピードはエアバイクレースの比ではない

コースも1週約200kmの超自然的な難関コースに、なんでもアリのルール

対戦相手の車に異物を投げ込んで爆破させても、2台で協力して1台を攻撃しても、何でも

そのため毎年完走出来る車はおよそ3分の1。しかし翌年にはまた予選を行なわなければならないほどの応募がある

予選から決勝までの総観戦人数およそ1億人。テレビの視聴率70%超。市場は1000億ドルにも上るビッグビジネス。死の危険と引き換えにスラム街の人間が一夜でアメリカンドリームを掴める場所が、このドラッグレースである

絶対に争いが起きない絶対平和の世界の裏側には、政府がこのような「発散場」を黙認するといった「調節」が行なわれているという現実があった―――

 

「どーするヤマト?お前も行くか?」

「…ん?あぁ、行く行く!久々に東京出たかったしな!」

「よし決まりだ、さっそく行こう」

「うおーテンション上がってきたよーヤマトー!!」

リーがスキップで荷物をまとめだした。ヤマトも荷物を取りに夜の街を抜け一旦セルへと帰った

こうして多少のモヤモヤは残っていたが、ストレス発散にでもなればと思い、ヤマトはリーとダンボと共にブエノスアイレスへと向かうこととなった

 

 

 

 

ブエノスアイレス

 

 

  

ここが、すべての始まりだった――

 

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