SCENE:08  のろまのダンボ と くるくるサバテ

 

―――[バイクファーム「アポロ」]

 

空の彼方の残照が徐々にその赤さを失い、高層ビル群の白いランプが無数に点りだした頃、ヤマトはファームの中でリーと共に源ジイに事の一部始終を話していた

「――つまりじゃ、おぬしはその「人間じゃない何か」を見分ける力を持っていて、その何かはこの世界には無いはずの「刃物」を持っていた。そしてその何かには殴ってもダメージを与えられない…」

「そう、人間なのは確かなんだけど、人間ぽくないみたいな」

日中地面をジリジリと焼いていた太陽が地平線に沈んでも、気温は一向に下がらない。これが夏というものなのは知っているが、今の世の中冷房の効いていない建物なんてまずないため、この暑さをあまり体感しながら生活する人は少ない

しかしこのアポロには、冷房がない

源ジイは「バイクに温度差を与えるのは良くないから」と言っているが、源ジイの冷房嫌いを知らない者はいない。また冬場は汗ばむほど暖房をかける。だからアポロは基本的に年中暑苦しい

そんな暑い中、源ジイは昔NASAという会社にいた時に着ていたとかいうワッペンが無数に付いた暑苦しそうな白い服に身を包み、湯気の立つお茶をすりながらうーんと唸り声を上げていた

すると突然、隣で腕を組んで何やら考えていたリーがおもむろに口を開いた

「…それってさ、『寄生獣』って映画に似てるな」

「…キセイ……ヂュウ?」

「昔150年前くらいに漫画だったものが70年前くらいに映画化されたやつでさ。宇宙からやってきた人体に寄生するエイリアンが、人間に寄生して他の人間食べちゃうってやつ」

リーお得意の「レトロ映画」の話だ。昔から出来事を自分の知っている映画に置き換えるのが、リーのクセだった

「…それのどこが似てるんだよ?」

「いやな、そのエイリアンに寄生された人間は外見上の変化はなんもないんだ。けれど、人間を食うときには頭や腕が刃物に化けたりして、一瞬で人を殺せちゃうっていう……まあ全部CGなんだけどな、その映画」

「じゃあなんじゃ?宇宙からCGの怪物が世界征服にやってきたのか!?ふぁっふぁっふぁ」

源ジイはそう言うとシワだらけの顔に、さらに目尻と鼻筋に深いシワを作り、リーの話を嘲笑した。それに併せて光る金歯がひどく滑稽に見えた

ヤマトとリーも顔を見合わせると、腹を抱えて笑い出した。しばらく三人の笑い声だけがファームに響いていたが、それが収まるとふと思い出したことをリーに尋ねた

 

「――そいやさ、『海底トンネルの怪物』っていたよな」

「あーあったあった!!それ小学生の頃確かめに行ったよな、俺ら」

思い出話とは得てして盛り上がるものだ。一度話し出すとどんどん記憶が蘇ってきて止まらなくなる 

「そうそう、で毛むくじゃらの変なのが目の前に現れて逃げてさ。お前のヘンテコ改造したチルバイクが遅くてさー。ビビッたイアンが一番早く逃げたんだよな確か」

「え?ビビッてさっさと逃げたのはダンボじゃないのか?舐めてた飴放り出してさ。イアンは腰が抜けて失神してた気がするな、うん」

 

記憶違いも得てして

 

二人があーでもないこーでもない話をしていると、入り口から低い男の声がした。源ジイが応対に行くや否やすぐに戻ってかと思うと、親指をクイクイと入り口に向けた

二人がその先に視線を移すと、まん丸とした身体をスーツで包んだテディベアのような男が苦しそうに汗を拭きながら立っていた

「?…お、ヤマトも一緒か!お前ら変わってないなー」

「…ダ…ダンボ!?」

「ハハ、懐かしいなそのあだ名――」

  

 

「――え!?ダンボ今社長!?」

「ああ、インターネットでアンティークショップ立ち上げたら当たってな。小さい会社だがなんとかやってるよ」

今目の前でしきりに汗を拭きながら出されたジュースを飲む男は、紛れもなくあのダンボだった

時の流れとは恐ろしいもので、ダンボが小学校卒業と同時に転校してから9年。その月日はダンボの体型をほんの少しスマートにし、よく噛むその口調を流暢なものに変えていた

「で、事業も落ち着いてな、経営は俺の右腕たちに任せて1ヶ月ほど夏休み取ったんだ。でまずは故郷の東京からってことでパリから今日の朝一のリニアで帰ってきた」

右腕から覗く金色の腕時計、縦縞の入った鈍色のスーツ、そしてヤマトたちには聞きなれない難しい言葉

顔と体型以外、あの「のろまのダンボ」の面影はどこにも無かった――

  

―――ダンボとはあだ名だ。本名はキデルス・ハンセン、フランス人。

昔からまん丸の顔にそのデカイ耳と耳たぶが特徴的で、いつか忘れたがリーが大昔に流行ったキャラクターにそっくりだといい、いつの間にかダンボになっていた

あの当時は白い肌に金色の短髪も相まってか、本当にどこかのアニメに出てきそうなキャラクターだった

その見た目に違わず行動が人よりも2倍も3倍も遅く、口調も聞いてて眠くなるほどゆっくりだったため、「のろまのダンボ」と言われていた―――

 

久しぶりの再会で思い出話に華が咲き、外の雑踏とは対照的に穏やかな時間が流れていた中、ヤマトはさっきまで話していた疑問をダンボにぶつけた

「―――あ、なぁ、『海底トンネルの怪物』って覚えてるか?ほら、俺とリーとイアンとダンボの4人で夏休みに行ったやつ」

一瞬の間を置いて、ダンボがゆっくりと数回頷いた

「ん?…あー!あったなそんなこと。懐かしいなーハハハ」

「あん時さ、ビビッて一番最初に逃げたやつ誰だっけ?」

ダンボがその短い腕を精一杯組んで、しばらく考え出した

「俺はイアンだと思うんだけど、こいつはお前だって言うんだよ」

ヤマトは必死にダンボに力説しながらリーの腕を小突いた

 

 

「……なあ…それ…5人じゃないか?」

ダンボが俯いたまま、ぼそっと呟いた。二人はそれを聞いて顔を見合わせる。しばらくの間使い古された扇風機の低い羽音だけが部屋に響いた

 

「…サバテ……そうだサバテだよ!!あの暗くて目立たなかったサバテ!!あいつが一番最初に逃げていなくなったんだ!!」

羽音を裂く大声と共に、ダンボの脂肪に囲まれた円らな瞳が大きく見開いた

「…あの……くるくるサバテ?……ん?仲良かったか俺ら?なんでいたんだよそん時」

「いや…わからん……が、確かに最初に逃げ出したのはサバテだ。あの時は俺が真っ先に逃げ出したと思ってたんだが、前であのボロボロのシャツ着たサバテが必死でチルバイク漕いでた。間違いない」

 

 

 

―――サバテ・ハロン

とても久々に聞いた名前だ

この名前にはあまりいい思い出がない

生きていれば、今すぐにでも謝りたい

そんな、名前

 

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20世紀少年臭がぷんぷんするぜ!!

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