『―――死亡したフジライ・オリゲル氏は、サッカーチームペイトリオッツの監督であり、就任1年目にしてチームを2位に導く等、その手腕が高く評価されていました。また、オリゲル氏は2115年に開通した第3海底トンネル開発チームの当時第2区画設計チーフでもあり、パリ〜アブダビ間を結ぶ海底トンネルの開通に大きく貢献した人物でもありました。尚犯人は未だに逃走中で―――』
あの夜の惨劇から三日
未だにどのチャンネルに回しても、壁にかかったテレビからは、オリゲル監督の訃報を知らせるニュースを淡々と読み上げるニュースキャスターの姿しか流れてこない それほどあの人の人望は、幅広い層から支持されていたのだろう あの日は簡単な事情聴取で帰されたが、家に帰っても寝付けず、結局モヤモヤしたまま三日たってしまった
あの混乱でリーともはぐれてしまい、その後会わず終いで帰ってきてしまったので、多少の心配も残っていた
トーストと牛乳を両手に、ヤマトは壁紙テレビに映るニュースをじっと見つめる
―――あの感触は、確かに人間だった
しかし「人間」を殴った感覚が全く無かった
カウンターが入った瞬間にも、あの男は不気味な笑顔を一寸も崩さず、ただ体が飛んでいっただけ
まるで「人間の形をした何か」を殴ったような……
そしてその後立ち上がった際のあの殺気
あの時感じた怖気は、男の殺気やオーラ的な大きさに気圧されたからではない。寧ろ実力的には自分の方が圧倒的に強い自信があった
しかし経験上、あれを食らって立ち上がった人間は1人しかいなかったし、その1人でさえ立ち上がった後に闘争心を持つことは出来なかった
その矛盾に、怖気を感じたのだ―――
その時、ケータイが机の上で小刻みに揺れガタガタと音を鳴らす
リーからの電話だった
「…もしもし?」
『あ、ヤマト?大丈夫…か…?』
ヤマトの素っ気ない口調が悪かったのだろう。リーの声は心配するかのようにさらにか細くなった
「まあ…友達が死んだわけじゃねーしな……大丈夫!もう立ち直った!」
『よかった…連絡しなくてごめんな…俺もしばらく落ち込んでてさ……でな、なんか源ジイがそん時の話聞かせて欲しいって。…来れるか?』
「ん?…オーケイ。じゃあちょっとしたら行くわ」
『おう、サンキュ―――』
―――子供の頃、よく『海底トンネルに子供だけで行くと神隠しに遭う』と言われた
夏休みに入る時にデジノートに『かいていトンネルに子どもだけでは行かないように』と連絡が来たり、何かあると先生から『言う事聞かないと海底トンネルに置いてきちゃうよ!!』と脅されたり
あの当時は、子供心に海底トンネルには「かいぶつ」が潜んでるんだなんて思っていた ―――[2140年 8月] 第3コロニー海底トンネル第3セクターICから20km地点
ヤマトたち4人は、チルバイクに跨り、延々と続く海底トンネルの歩行者用通路を風を切って走っていた 四人の顔からは汗が滴り落ちていたが、その表情は1人を除いて希望に満ちあふれたものだった
夏休み、小学5年生のヤマトたちは、一度も行ったことのない『海底トンネルのレストハウス』へ行く計画を立て、実行していた 「子供たちだけで何か大きなことをする」これが彼らが今夏に立てた最大の計画であった
インターチェンジから最初のレストハウスまで50km。そこを目標に自慢のチルバイクと大量のお菓子と共に、未知の冒険へと繰り出していた 「――もうどんくらい来たんだろうな!レストハウスまでもう少しなんじゃないか!?」
「なぁヤマト!勝負しようぜ!俺の究極の改造をしたブラックサンダー号で今日こそ勝つっっ!!」
「へへん。そう言って俺のブルーマン号に何度負けてきたんだよ」 ヤマトは一度もリーに負けたことがない。というかリーは4人の中でいつもビリである。
なぜか。リーはよくチルバイクを自分なりに改造してくるのだが、全く速くなっていない。むしろチェーンやタイヤが外れたり、まっすぐ走れないなど、ノーマルより遅くなっていた
この時からリーはすごくメカが好きだった。けれど、残念なことにすごくメカに弱かった
その時鼻息を荒げスタートの準備をするヤマトたちの最後尾から、絞り出すように震える声がした 「ね……ねぇ?……も、もう帰ろうよ……ね?デジノートにも行っちゃダメって書いてあったし…ね?もう十分奥まで来たじゃん…ね?」
「なんだよイアン、ビビってんのかよ」 ヤマトたちの頭の中を駆け抜ける甲高いエンジン音と100万の歓声、そしてブラックアウト直前のオールレッドのシグナル表示。それをあっさり現実に引き戻すかのように水を差すイアン
イアンは日本人だ。本名はイトウマサル。彼は坊ちゃん刈りに黒縁メガネと、いかにもな優等生タイプなのだが、いつも頭のてっぺんからちょろっと毛が立っている
これがチョウチンアンコウの頭についてる灯りにそっくりで、「イトウのイ」と「アンコウのアン」でイアンと呼ばれることとなった 「だ、だってさ!ほら…『かみかくし』があるって…」
「バカだなぁ、そんなの僕らをトンネルに行かせないために大人が作った嘘だよ」 チルバイクからはみ出しそうなほど膨れたお腹を掻きながら、ダンボがそのゆったりとした口調でイアンをバカにする
歩行者用通路は広さこそチルバイク4台が併走しても十分な広さはあるが、如何せん暗い
半円型の天井に電灯は10m毎に申し訳ない程度に点いているだけ
ここまでは我慢してついて来たが、なんとかここで踏みとどまってもらおうと、イアンは必死だった――― その時、イアンが叫んだ
目を丸くしたイアンの指の先に彼らが見たものは
まぎれもない、毛むくじゃらの「かいぶつ」だった――― |