「――さぁ!今年もやってまいりましたサッカークラブリーグ最終節!ペイトリオッツ対レンジャーズ!首位レンジャーズは引き分け以上で優勝!対する2位ペイトリオッツは勝てば逆転優勝の大一番!今このサンプノウスタジアムは10万のサポーターで熱気に渦巻いています!!勝利の女神が微笑むのは王者か!挑戦者か!」 ワアアァァァ――――
「――いやーすげーな!毎年テレビでしか観てなかったから分からなかったけど、地震みたいな歓声なんだな!」
二人はスタジアムの外、メインゲートの前でその歴史的大一番を待っていた。興奮したリーが子供のように辺りをキョロキョロと見回しては、頻りにヤマトの肩を揺すった
「あぁ、しかもなんてったって今年は最終戦で直接対決だからな。そりゃ盛り上がらないわけないさ」
ヤマトはここに去年、一度だけ来たことがあった。ワールドカップ準決勝、ニューヨークコロニー対パリコロニーの一戦。その時も今日と同じように、10万の観客の地鳴りと熱気がスタジアムの外にまで届いていた
だからヤマトはここに来るまでの間、経験者として、リーに対しての優越感や落ち着きを示してそうとして、無意味に大人ぶって上から目線で話していた ただやはり、この独特な雰囲気や高揚感は何度来ても慣れることはないのだろう。事実ヤマトもスタジアム入場後にはいつの間にか、リーと一緒にペイトリオッツのタオルとメガホンを首からぶら下げ二人で走り回っていた
その刹那―――
「―――?」
スタジアム外周の通路、トイレや露店を求め行き交う人混みの中を歩いていた時、ヤマトの意識がある男を捉える
ふと視線を戻し立ち止まったヤマトに、先を行くリーが気付いて振り返った 「ん?どうしたヤマト?」
「…あの男…」 そう言いながら、ヤマトは露店の前でただ何をすることもなく佇む男を二回ほど顎で指す
「…ん?……また…いつもの『あれ』…か?」
「ほら…!あのたこ焼き屋の前の男!あれ!…な!?人間ぽくないだろ!?」 その男との距離約10m、二人とその男との間には、赤と黄色のそれぞれのチームタオルを巻いた人間の群れが混ざり合っていた
赤と黄色、激流の如く流れる人混みの中、三人の時間だけが静寂に包まれていた
しばらくして、リーがその緊迫した空気を断ち切るようにヤマトに話しかけた 「……なぁ…俺はなーんにも感じねぇんだけど……な、な!?とりあえず中入ろうぜ!?」 リーに肩を掴まれ、半ば無理やり中へと連れて行かれたヤマトは、不気味に佇むその男が人混みの壁に消えて一切見えなくなるまで、一度も目線を外さなかった ―――ここ2,3年、「人間じゃない人間」が分かるようになった
姿形は、その大多数が釣り目の狐顔で細身の長身であるということ以外は普通の人間なのだが、明らかに人の放つそれとは違う
上手く形容出来ないが、凄く端的に表すならば彼らには「意志」が感じられないこと
人の持つ無意識下の目線の動き、意志や感情を持った足取り
そういった「人間臭さ」が彼等には微塵も感じられない
そう、まるで命令だけをこなすロボットのような
前日の決勝で戦った男も、その部類であった
――なぜ、それが見分けられるようになったのか
その「人間じゃない人間」が突如発生したのかもしれないし、自分の感覚が覚醒して見分けられるようになったのかもしれない
ただ一つ言えるのは、これは「予感」ではなく「確信」であると言うこと
そして、自分がそれに対して「嫌忌」の感情しか湧いてこないということ―――
―――試合は、延長戦も虚しく引き分け、ペイトリオッツの逆転優勝は叶わなかった
しかし、スタジアムを綺麗に半分で赤と黄色に染めたサポーターたちは、両者の激闘に歓喜し、勝者敗者関係なく至高の芸術を見せてくれた両チームを、そしてここまでのチームを造り上げた両監督を、賞賛した
その光景に鳥肌を覚え、そしてアドレナリンが心地よくヤマトの全身を巡った
スタジアムがそれぞれの相手チームの応援歌で揺れ、一体となった――― ―――試合後 スタジアム外 「――おい!オリゲル監督が出てきたぞ!」
二人は興奮冷めやらぬまま、チームバスの近くで出待ちをしていた
眼前には、先ほどまでスタジアムで歓声を送っていた数万のサポーターの一部が同じように出待ちをしている。ヤマトたちは5列目くらいで押し問答されていて、なんとか監督や選手たちの顔が見えるかどうかという所だった 「サイン欲しいな!な!ヤマト!」
「あぁ!優勝は出来なかったけど、オリゲル監督がいたからここまで上がれたようなもんだからな!!」
二人の頭上ではサインペンと色紙が大群を成してはためき、フラッシュが嵐のようにたかれていた
「オリゲル監督ー!サイン!サイン!」
二人はぎゅうぎゅうの人混みの中を掻き分けるようにしてなんとか進む、ものすごい熱気と歓声に自分の声すら聞こえない 4列目…3列目…2列目……と進むにつれ、徐々に選手たちの全身が見えてくる
―――その時気付く
あの時自分は間違っていた
しかし
自分は間違っていなかったと |