SCENE:03  怪物ヘラクレス

 

――[第1コロニー(NY) 第一闘技場 100Fメインコロシアム]
 

 
『き、決まったぁぁぁぁ!!きょ、強烈な一撃!!ロデオ選手撃沈ー!!強い!強いぞヘラクレス!NY第1コロニー代表は新人!ヘラクレス選手にけってーーい!!』
 

 
「「ワアァァァァァァ!!!!!」」
 

 
20万の歓声に闘技場が今にも崩れそうなほど激しくうねる

その地鳴りのような歓声の中央、眩しいばかりのスポットライトを浴びたリングに仁王立ちする怪物のような男と、倒れ伏す血まみれの大男

20万のヘラクレスコールを浴びている男は、おおよそ人間の持つ身体とは呼べないような巨体を猛らせ、天に向かってその牙を剥き吠えていた

リング床でなんとか人間の形状を保っているロデオも決して小さいわけではない。いや寧ろ2m以上の体に、女性のウエストほどはあろうかという上腕、重戦車を彷彿とさせる大腿部、そしてNY第1コロニー代表として5年間その座を守ってきた実績

どれを取ってもロデオに非は無かった

だが、そのロデオをもってしても「死ななかった」ことが関の山であったのだ
 

 

 

アントニオ・ヘラクレス、18歳

今ここに、「怪物」が誕生した―――


 

 


 

 

―――[バイクファーム『アポロ』]

 
「――おー!ヤマト!昨日はすごかったなぁ〜!あの圧勝!第3コロニー代表なんて凄いじゃないか!!」

オイルが独特の匂いを放つ煩雑したファームの中、散らばった大小様々な機械部品に囲まれた3台の錆びれたエア・バイクを弄っていたリーが、ヤマトが入ってきたことに気付くと作業の手を止め、灰色のくたびれた作業着の袖を捲りあげながら寄ってきた

「え?お前昨日観に来てたのか?」

「昨日なんとかじいさんに早めに上げてもらってさ。まぁどっちにしろ今日のトップニュースでハイライト何度も見れたけどなー」

「いやー急にヒジで目狙われた時はさすがに焦った。ハハハ」

「あ!よくあれ直撃避けたよな!あんとき右目見えてなかったんだろ?てかなんで掠っただけなのに切れたんだ?」

「んーよくわかんね。ただ…」

「?」

 

 

―――昨日の決勝は、すごく胸クソが悪い試合だった

相手が『アレ』だったからかもしれない

倒しても倒しても立ち上がる。その目には俺に対する恐怖は一向に感じらない

逆に、俺を倒そうとする気概も一切

ただ機械的に俺に向かって攻撃を仕掛けてくるだけ・・・

結局、俺が圧倒的な判定勝ちを収めた
 

が、最終ラウンド

相手のスピードが飛躍的に上がった

疲労が、乳酸が、溜まっているはずの相手の足腰は、今までで一番俊敏に動いていた
 

そして一瞬の油断

俺は前の準決勝で右目眼底骨折をしていたため、右半分の視野が十分ではなかった

その死角から感じた背筋を這いずり回る悪寒に、本能的に膨張した俺のふくらはぎが後方へと体を逃がす

その刹那、俺の目に「それ」が当たる直前、確かに見た。見た
 

俺の目に向かってくる相手の左ヒジから飛び出した『鋭利に尖った何か』を

肘自体は当たらなかったが、その見たことも無い『何か』の先に上瞼が掠った
 

しかし、俺の上瞼を掠っていった『何か』は次の瞬間には消えていた

その瞬間だけ相手が見せた、格闘家の持つそれとは違う種類の殺気と、俺でなければ見えすらしなかったであろうスピード

その一瞬が頭にこびりついて離れなかった

昨晩は疲れからあまり考える余裕もなかったが、一晩経って相手に対する嫌悪が段々と表に滲み出てきていた―――

 

 

「―――って感じだったんだけど…どーせ信じねえだろ、リー」

「普通はなー。でもその『鋭利に尖った何か』って『刃物』じゃねえか?」

「ハモノ……?」

聞きなれない言葉に、ヤマトは眉をしかめた。それを見たリーが、手振りを交えて説明しだした

「あ、お前歴史取ってねーもんな。まあ学年で取ってたの3人しかいなかったけど。でな、『刃物』っつーのは、俺たち人類が地下に移住する前に野菜や果物、肉なんかを切るために使ってた道具なんだよ。大体こんな形の。なんか大昔は人を殺すのにも使ってたらしいぜ」

「なんだそれ?じゃあ今は家事ロボットが使ってんのか?」

「いや、今は人殺せる物作っちゃいけないから、販売の段階で切られてる。まあ業者が使用許されてる切断器具も、固定式の『ウォーターレーザー』っていう水圧で切るやつのみだけどな」

「へぇー、でも、じゃあなんでその『ハモノ』が人間の肘から出てくんだよ?」

「だーかーらー、信じらんねえって言ってんの―――」

 

リーは機械の他に、人類が地上にいた頃の文化に興味がある

受験に一切使わないし、覚える量も半端じゃない。教科書を出してる出版社も少ない

これらの理由から、「歴史」を薦める教師はまずいないし、取ろうとする生徒もいない

だがリーは、こんな何の得も無いような歴史の教科で、いつも満点を取っていた

特にリーのする「レトロ映画」の話は、本でも出せるような程詳しかった

 

その時、二人がファームの前で談笑をしている所に水を差すように、奥から腰の曲がった爺さんがスリッパを擦りながらその短い歩幅でちょこちょこと出て来た

「おいリー!お前仕事サボってんじゃないよ!全く最近の若者は…」

決まり文句のように慣れた口調でそう呟きながら出て来た爺さんが、ヤマトの存在に気付いた

「…おぉ!!ヤマトじゃないか!昨日は優勝したらしいな!おめでとさん!…ん?右目どうしたんじゃ?なんじゃ、海賊にでもなるつもりか?カッカッカ」

源ジイが金歯をむき出しにして笑うのを遮るかのように、ヤマトは源ジイに話しかけた

「源ジイ久しぶり!で、さっそくなんだけどさ、エアバイク貸してくんない?」

「…ん?まあ…いいぞい。こっちはまだ整備中じゃがこっち二台は空いとるぞ」

源ジイはそう言うと先程リーが弄っていたバイクとは別の二台のバイクを指差した

「サンキュー源ジイ。よしリー!久しぶりに行こうぜ!!」

「お!行くか!ひゅー!!」

ヤマトの言葉にリーは子供のように目を大きく開かせると、持っていたスパナを源ジイに渡し、小走りにバイクへと走っていった

「お、おいリー!仕事はどうするんじゃ!」

「あー終わった終わった!発注書は帰ってきたら出しとくからさ!」

「…全く…近頃の若者はこう熱心さが足りんというか…不真面目というか…」

 
 
 
ぶつぶつと文句を言う源ジイを尻目に、ヤマトたちは年期の入ったエア・バイクに跨り、5号廃墟へと向けそのエンジンを高鳴らせた

 

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