本屋の客

 

  

本屋にはいろいろな人が来る
 

 

 
 
流行りの本を買いに来る客

受験のために参考書を何冊も買いに来る客

何かで知ったのであろう漫画を全巻買う客

毎週同じ日に週刊誌を買いに来る客


同じ客でも、一人で買いに来るときもあれば、誰かと来るときもある。すごく嬉しそうに買いに来るときもあれば、悲しそうに買いに来るときもある。


別に私の記憶力がいいわけではない

うちがこの地域で一番大きな本屋だということもあるが

こういう仕事を続けていると、嫌が応にも覚えてしまうのだ

面倒な客ならば、尚更

 

 

―――

 

雨上がりのある日の午後





 

 
「すいません、『自殺マニュアル』って本置いてますか?」

 

 
きた、サラ男だ

くたびれたスーツに疲れきった顔、ハゲちらかした頭にズレたメガネ

こいつはよく『上司にいじめられない10の方程式』とか『脱・窓際族』などの本を探しにくる

明らかに現代の負け組サラリーマンの格好をしているので、うちの本屋ではサラ男と呼んでいる

しかしなんだ、自殺マニュアルって。ついにリストラでもされたか?

そんな危ない本をうちで扱ってるはずはない

 
「すいません、当店ではそのような類いの本は置いてないんですよ」

「そうですか…どこにならありますか?」

 

おいおい、そんなの知らねーよ

てかサラ男死ぬつもりかよ

死ぬなよ、人生生きてりゃいいことあるよ

受け答えに私が戸惑っていると

 
「うちのようなしっかりとした本屋には置いてないと思います。ネットなどで探してみればいかがでしょうか?」
 

 

店長が横やりを入れてきた

サラ男はペコリと一礼をすると、そそくさと店を出ていった

 

 
「店長いいんですか?きっとサラ男死ぬつもりですよ?」

「客が本を探している。その本がうちにないのなら探す手助けをする。本のタイトルで判断するな」

店長はそういうとまた隣のレジに戻った





しばらくすると、妊婦がきた

この妊婦は最近もう7,8ヶ月はあろう大きなお腹をさすりながら、ニコニコと子育てに関する本を探しにくる

初めてなのだろう、レジに本を持ってくる時の笑顔を見ているとこっちまでにやけてしまう

今日も『離乳食作り虎の巻』という本を買っていった



その後も救命士を目指してそうなイケメン(勝手につけたあだ名)が救急医療の本を買っていき、ガリ勉が化学の本を買っていった


こうして人間観察をしてるうちにまた1日が終わる

別に本屋の仕事に生き甲斐を感じているわけではないし、客に特別な感情を抱く事もない

ただ、なんとなく覚えてしまい、なんとなく一人で客の生活を妄想してしまう

 

 

  

―――

  

あの日から何日経ったかは覚えていない

晴れ晴れとした日曜日、私は彼氏と遊園地に行く約束をしていたため、バスで彼氏の家に行く途中だった

バスなんてあまり乗らないが、乗ってみると意外と心地よい

バスの中には私の他に4,5人しかいなかった

その後しばらく乗り、何人かが乗り降りした頃




「コトンッ、コロコロ…」

何かが前の座席から落ちた

その鉄の塊のような物はコロコロと前へ転がっていく

その瞬間、「わぁ!!」という声とともに学生服を着た男がものすごく慌てた様子でその鉄の塊を追いかけた

前の座席にいた女性がそれを拾う





男が、止まった






女性が拾ったそれを見る

「これ…爆弾?」


一瞬、車内から音が消える





「う…うわぁぁぁぁ!!!!」


鉄の塊を落とした学生服の男が叫ぶと、女性の手からそれを奪い取った


「きゃあ!!!!」


奪い取られた女性が叫ぶと、車内は騒然とした

一番後ろの席に座っていた私は何事かと身を乗り出す

その瞬間、男は女性を羽交い締めにすると、ナイフを取りだし叫んだ


「し…静かにしろ!!!!」


男はナイフを女性の首に突き付け、左手に持っていた鉄の塊を高く掲げた


「こ…これはば、爆弾だ!!!!死にたくなかったらい、言う通りにしろ!!!!」


学生服の男は震えた声で言った

私は愕然とした

とある日曜日に、彼氏の家に行くためにたまたま乗ったバスでバスジャック…

思考がしばらく働かなかった



私が学生服の男を虚ろな目で見ていると、何か違和感を感じた






「…ガリ勉?」


そう、今目の前で女性を人質に爆弾を持っている男は紛れもなくうちの本屋の常連、ガリ勉であった



そして、人質となっている女性にも気付いた




あの妊婦だ



うちの本屋の常連の二人が今、目の前で犯人と人質という関係にいた



「運転手!!このままどこにも止まらず帝都大学に向かえ!!お前ら!!誰も席から一歩も動くんじゃねぇ!!」



妊婦は涙を流しながら何かをずっと呟いている

バスの中に人は私と運転手とあの二人を含め6人






しばらく緊迫した空気が車内を包んでいたその時



「なぁ…こんなことをしても捕まるだけだ、…止めないか?」

バスの中ほどに座っていた一人の男がふとガリ勉に語りかけた


「…う、うるせぇ!!こっちにきたら女をこ、殺すからな!!」

「君は学生だろ?受験前で気がたっているのは分かるが、こんなことをしても君が大学に入れるわけじゃない」



その優しい口調で語りかける男は、なんとあのイケメンだった

店の常連が3人も同じ場に

しかしこの3人はお互いのことを知らない

なぜなら3人はうちの書店のただの常連

3人の共通点を知っているのは私だけ

私は少し妙な感覚に襲われた






「うっ…!!!!」


その時突然、妊婦が口に手を当てた

 

 

 

 

 

私はすぐにその原因が分かった

 

 




産気




 

 
妊婦の体つきからして9ヶ月前後であろうことはなんとなく予想はしていた

しかし、まさかこんなタイミングで

人質という極度の緊張からだろうか

妊婦は狂ったようにガリ勉の手を振りほどくと床に倒れ込んだ



「うぅ…」

「な…なんだ!!どうした!?」


ガリ勉は戸惑っている

無理もない、まだ傷付けていない人質に及んだ危機

混乱しないはずがない



すると即座にイケメンが妊婦に駆け寄る


「大丈夫ですか!?どうされました!?」

「う…産まれる…」


イケメンは少し焦った様子だったが、すぐに辺りを見回し


「誰か!!誰かこの中で助産婦などはいませんか!?」


だがバスの乗客は他に私とおばあさんしかいない


「…て、てめぇ!!せ、席から動くなって、い、言っただろ!!」

「うるせぇ!!今妊婦さんが苦しんでんだ!!黙ってろ!!」

「うっ…」


イケメンに叱咤されたガリ勉は力なくその場にへたりこんでしまった





「わし、出来るぞぃ」


ふと、バスの後ろに座っていたおばあさんが手を上げた

おばあさんはゆっくりと妊婦の元に歩み寄ると

「運転手しゃん、ちょいと止まっておきゅれ」


運転手は最初戸惑ったが、すぐに止まった
おばあさんの空気に、呑まれていた

「後ろの席のお嬢さん、あと学生くん、ちょいとそこで桶と綺麗なバスタオルを買ってきておくれ。あと桶にぬるま湯を入れてもらってきておくれ」



場の空気が一変した

おばあさんの穏やかな口調から出る的確な指示はバスジャックをしていたガリ勉さえも動かした





「あんた、タオル交換しゅて」

「学生くん、妊婦しゃんの手を握ってやって」

「運転手しゃん、もっとゆっくりはしゅって」



病院に向かうバスの中には妊婦を心配し、必死で看護する5名の乗客がいた

誰一人、今バスジャックに遇っている事など考えている人はいなかった

ガリ勉でさえも





「お…おぎゃあ!!おぎゃあ!!」

「う…産まれた…」



一つの小さな命が誕生した

病院に向かうバスの中は、不思議な一体感に包まれていた


「良かった…」

ふとガリ勉が口を開いた



「…もうこんなことをするんじゃない。君ならきっと合格出来るよ」

そう言うとイケメンは爆弾とナイフを拾い、ガリ勉に渡した


「ご…ごめんなさい…」

「いいんじゃよ、学生くんの手助けのおかげでこの子がうまれたんじゃから」

「このバスの中の事は誰にも話さない、だからもう二度とこんなことはするな」



 

 
バスの中が優しい空気で包まれたその時
 

 

 



キキーーッ!!!!…ドン!!!!




バスが急ブレーキを踏んだ

車内が激しく揺れる

イケメンは赤子を抱くおばあさんを支え、私は仰向けの妊婦さんを支えた

つり革が激しく波打った後、静かにバスは止まった


「…止まった…?あ…みなさん!!大丈夫ですか!?」

 

 
イケメンと私が無事を確認するため辺りを見回すと、そこには運賃箱の所で口から血を吐き、虚ろな目で座り込んでいるガリ勉の姿があった
 

 

「かっ…」


彼の胸には自分が持っていたナイフが刺さっていた

急ブレーキの衝撃で、転んだ際に刺さったのだ


「う…うわぁぁぁぁあ!!!!」
「きゃぁぁぁぁあ!!!!」
 

 
車内に悲鳴がこだまする

血だまりが、床の木目に沿って広がっていく


「きゅ…救急車!!!!」


そう言い、私がバスを飛び出すとそこには、バスが急ブレーキを踏んだ理由が転がっていた







 

 

 
サラ男の死体が、そこにはあった







 

 
―――


結局、ガリ勉は2時間後に死亡

ガリ勉の遺品の中に、うちの書店で買った化学の本が入っていた

そこには爆薬を作る方法が書いてあったという



そして



サラ男のカバンの中には自殺マニュアルが入っていた


「交通事故で死ぬならバスかトラックが確実」


しおりが挟まっていたページにはこんなことが書いてあったという




サラ男、ガリ勉、イケメンの買った3冊の本により、1つの新しい命が産まれ、2つの命が消えた

もし誰か一冊でもその本を買っていなかったら、こんなことは起きなかったかもしれない

だが今はもう「〜だったら」という形でしか話は出来ない





赤ちゃんはとても元気な女の子で、母子ともに健康だったという

その後、妊婦と赤ちゃんにはガリ勉の葬式で一度だけ会った

子供には「紗季」と名付けたという







 

 
本屋にはいろいろな人が来る、本当に

 

〜完〜

 

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「紗季」は相武紗季にちなんでなんかいませんよ( ´_ゝ`)

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